東京都がリビングデザインセンターOZONEの5Fに設置している施設【国産木材の魅力発信拠点 MOCTION】では、林業や木材活用の促進に関する有識者を講師に招き、多彩なテーマでセミナーを開催しています。今回は、日本林業界の注目を集める通称“ヒダクマ”こと、「株式会社 飛騨の森でクマは踊る」の創業者・林千晶氏をお招きし、「広葉樹とデジタルを活用した地域づくり」についてお話していただきました。5月30日にOZONE 7Fのコラボレーションエリアにおいて行われたセミナーの様子から、その概要をご紹介します。
―“ヒダクマ”が目指す広葉樹の価値創出
モデレーター宮崎晃吉氏(建築家/株式会社HAGISO 代表取締役)
まずは“ヒダクマ”とはどんな会社なのかをお聞かせください。
林 岐阜県飛騨市の森林率は93.5%、そのうち7割が広葉樹林です。日本の広葉樹は200種類以上という素晴らしい多様性を持つ一方で、小径だったり、根曲がりした木が多かったりと、実際は95%が家や家具づくりに適さない「未利用材」になってしまうという問題があります。そこに新たな活用方法や魅力を生み出し、利用を促進して飛騨地域の林業と自然環境とのサステナブルな未来をつくるという目的で、2015年に設立したのが「株式会社飛騨の森でクマは踊る」です。飛騨市、林業コンサルの株式会社トビムシ、それから私の所属するデザイン会社:株式会社ロフトワークの出資による第三セクターです。
宮崎 主な活動や事業内容は、どのようなものなんでしょうか。
林 ヒダクマとして20haくらいの社有林を持つのと同時に、明治時代に作られた建物を活用したカフェを市内で運営し、活動のベースとしています。さらに3つ目の拠点として、ヒダクマが目指す森林資源循環と広葉樹の活用方法を具体化した「森の端オフィス」という建物が昨年竣工しています。山で伐ってきた木材を選定・加工するための拠点として、伐採の会社や製材所、木を保管しておく場所などに隣接させることで、この周辺一帯を、広葉樹材を取り扱うための中心エリアとして機能させています。ここを拠点に、小径の広葉樹材を組み合わせて大きな材として扱えるようにしたり、曲がり木の個性を活かした家具を作ったり、あるいはそういうデザインをしてくれる建築家やデザイナーと現場をつないだりなど、実製作作業からコーディネート、プロデュースまで含めた様々な事業を行っています。
宮崎 今日のセミナーのタイトルに入っている、もう一つキーワード:「デジタル」とはどういうことでしょうか?
林 「曲がり木センター」というサービスを運営しています。建築や家具に適さない根曲がりした木や、二又・三又と複雑に枝分かれした部分、コブなどをヒダクマでは「曲がり木」と呼んでいます。これまで使い道の無かったこれらの木材を山から伐り出し、まずはその形状を3Dスキャンしてデータ化します。それを建築家やデザイナーがCAD上で切り方、組み合わせ方、使い方を検討し、カットする位置を決めていきます。それが決まったら木工職人がホロレンズ(AR用のゴーグル)を使ってチェーンソーを入れる位置を正確に把握し、加工します。要するにゴーグルを通して木材を見ると、切るべき位置や角度が正確に映像で指示されるわけです。この3Dデータの仕組みと実際の曲がり木の木材とをセットで販売するのが「曲がり木センター」のサービスです。
―地域づくりに大切な「喜ばれる実感」
宮崎 使い道が無くて山に打ち捨てられていた曲がり木に、デジタル技術のサポートで、新しい使い道を作るわけですね。
林 もちろん、二又・三又の部分やコブなどのおかしな形の材ばかりなので、当初は使ってくれる建築家やデザイナーもほとんどいませんでした。しかし、「こういうのを上手く使うのが建築家の腕の見せ所なんじゃないの?」とけしかけて、ある意味、ケンカを売るわけです(笑) 今では個性的なアップサイクル家具、保育園の遊具、デスクや作業台などのオフィス家具など、様々な使い方をしてもらっています。
実際に加工を請け負ってくれる木工職人さんたちも同様で、最初はこんな曲がった材で仕事したことはないと突っぱねられるんです。でも、私たちが3Dプリンタやレーザーカッターなどを使った試作品を持っていくと、やり方を理解してくれた上で、「しょうがねーな。俺がもっと上手く作ってやる」と奮起してくれるんです。そうしたつながりが広がっていき、今では100組近くの職人さんとのパートナーシップができています。「ヒダクマから頼まれる仕事は普通じゃない。だから面白い」と言ってもらえるようになってきました。
宮崎 新しい林業ビジネスとして丸抱えしていこうということではなくて、飛騨にたくさんいる木工職人さんたちの、ある意味、やる気のスイッチを押すような役割を、ヒダクマが果たしているわけですね。
林 そうですね。普通じゃないということは新しいということ。普段は直線・直角の世界にいる木製建具職人さんにとって「曲がり木」は新たな挑戦になるわけです。だから楽しい。さらに、その納品先は日本各地になるので、自分の仕事が飛騨を飛び出して活躍していくのを実感できるということなんだと思います。「次の目標は海外だね」と言ってくれる方もいます。自分たちのやっている仕事が、別の世代・別の地域の人たちの暮らしにつながって、喜ばれているという実感を得ること。それが自信につながっていく。地域づくりには、こういうことが一番大切なんじゃないかなと思っています。
宮崎 誰しも、お金のためだけに仕事をしているわけじゃないですからね。楽しさ、笑顔、感謝の連鎖が広がっていくのを実感できるのは、大きな喜びの一つですよね。
林 私たちの試作品より数倍の出来栄えで仕事をしてくれる職人さんには、必ずありがとうと言うようにしています。「納品」として物流に乗せるだけだと、受け取った人のありがとうは職人には届かないんです。こういう「ありがとう」のやり取りが、今の日本の産業には欠けてしまっているんじゃないでしょうか? ヒダクマは木に関わる人達の間に入って、ちゃんと「ありがとう」を届ける役割を果たしていきたいと考えて活動しています。
―MOCTIONスタッフより
配信中の動画では、林氏のこれまでの活動内容についてのプレゼンテーションに加え、それに続くモデレーター宮崎氏とのディスカッションを含めたセミナー全編が公開されています。ぜひじっくりとご覧ください。
「MOCTION」では、全国各地の特徴を活かした企画展や多彩なテーマでのセミナーを開催しています。また、補助金や木材事業者のご案内など、実際の利用に向けたご相談も承ります。
※2023年5月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。