住宅や店舗などのインテリアに趣を与え、豊かな表現力で格調高い空間を演出する「装飾建材(モールディング)」の世界。天井と壁面との間の継ぎ目にぐるりとまわす「廻り縁」、同じく床面と壁面との間の境目に這わせる「巾木」、腰の高さでの内壁材の切り替え部を装飾する「腰見切り」など、様々な専用建材が存在します。1973年から一貫してその装飾建材を専門に手掛け、創業間もない頃からの大ヒットにより、装飾建材の代名詞ともなったオリジナルブランド「サンメント」を擁する建材メーカー、それが埼玉県和光市に本社を構える「みはし株式会社」です。これら装飾建材が織りなす空間演出の情緒を、自ら「華飾文化」と名付け、その創造に邁進してきた「みはし」の創業者であり、代表取締役会長である三橋英生さんに、創業時の成り立ちや品質に対する考え方などを詳しく伺いました。
内装業からスタートし、装飾建材メーカーへ転身
―まずは、みはし株式会社の創業の頃の様子をお聞かせください。
三橋 みはしの設立は1973年ですが、それ以前は「みはし工芸」という社名で主に内装業を1965年頃から営んでいました。その頃は百貨店の全盛期でしたので、あちこちのデパートに出かけていっては、休館日のたった一日でワンフロアの内装をすべて入れ替えるような突貫工事をたくさん請け負っていました。解体屋さん、ガラス屋さん、経師屋さん、うちのような内装業者など300人近くが入り混じって、人海戦術で一日のうちに仕上げてしまうんですよ。懐かしいですね。ただ、その頃はまだ精度の甘い装飾建材が多くて、仕入れた部材を現場で合わせてみたら寸法が足りない…… なんてことがよくあったんです。いま申し上げた通り、ギリギリの短い工期で仕上げるのが至上命題でしたので、寸法の間違った部材を仕入れてしまうことは、工事業者としては命取りになりかねないわけです。
ですので、私たちは外部の製品に頼らず、質の高い装飾建材を自社で製作するようになっていきました。なんせ現場で工事をするのは自分たちなので、工事がスムーズに進むことを第一に考え、曖昧だった寸法の規格を統一し、製品の精度を上げていったわけです。そうこうしているうちに私たちと同じように装飾建材を作る会社が増えてきたんですが、やはり精度が甘く、クレームになることが多かったようです。同業他社が現れ始めたことで、かえって当社の品質が評判になったようで、気が付けば内装工事の依頼よりも部材を売ってほしいという要望の方が多くなっていました。そこで1973年に装飾建材の製造販売部門を独立させ、「みはし株式会社」としてスタートさせることにしたわけです。今では装飾建材の製造販売のほうがずっと大きくなってしまいましたので、創業当初から考えれば、いつの間にか主客が逆転してしまったことになりますね。
―それだけ、製造していた装飾建材の品質や信頼性が高かったということですね。
三橋 通商産業省(現在の経済産業省)が装飾建材のJIS規格(日本工業規格/現在の呼称は日本産業規格)を検討する際、当社の品質基準を参考にされていました。それがあまりに厳格なので、そのまま規格化してしまうと、みはし以外の他社が排除されてしまう…… と、通産省は困っていたようですね(笑) それくらい当社の品質基準は厳しくしてあり、かつ、その製造精度にも自信を持っているということです。また別の話ですが、一時期は、設計図面に装飾建材の指示を書き入れる際に、当社のブランドである「サンメント」の名を直接書いてしまう設計士が多かったそうです。公共工事の場合、特定メーカーの製品名を設計図面で指示することはご法度ですので、指導を受けて書き換えることになったと何度も聞いています。これも当社製品の信頼性を物語るエピソードですし、当社が「サンメントのみはし」「装飾建材の代名詞:サンメント」と言わせてもらっていることの証左でもあります。サンメントの製造販売を始めて約50年になりますが、これだけ長い間愛され続けているのは、本当によいお客様に恵まれたおかげだと、感謝しています。
みはしが提唱する「華飾文化」とは?
―装飾建材による空間創造を、みはしさんはよく「華飾文化」と表現されていますが、この言葉は……
三橋 はい、私たち「みはし」がつくった造語になります。創業当初はまだ「装飾建材」や「モールディング」などの言葉も一般的ではなく、「繰形(くりがた)」や、部材そのものの名である「木製廻り縁」「巾木」などと呼んでいました。やはりそれらを総称する呼び名が必要と思い、華やかに飾るための建材=「華飾」という言葉を作り、「建築用華飾材」「華飾建材」などと呼ぶようにしたものです。サンメントを始めとする当社の製品は、基本的には天井が低く、部屋も狭めになっている日本の建物の内装に使用した際に、もっとも美しく陰影が映えるオリジナルなデザインにしてあります。同時に、材木から加工する際にもっとも歩留まりの良い…… 要するに廃棄する端材やおがくずのなるべく少ない、無駄のない木採りができる設計にしてあります。そもそも贅沢な装飾品というイメージのある華飾材ですが、やはりできるだけ木を大切に使い、できるだけお客様に安く提供するための設計上の配慮は欠かせません。そうした日本オリジナル、当社オリジナルの設計やデザインの考え方も含めたものを、「華飾文化」として広めていきたいと考えています。
―装飾建材の品質だけでなく、ビジネス面でもさまざまな工夫の歴史があるとお聞きしましたが……
三橋 創業当時はまだ、この業界全体が個人の職人や小さな工務店の集合体のようなもので、企業やビジネスという視点で動いている会社は本当に一握りでした。そんな時期に当社が突き当たったのが「在庫管理」という壁です。事業が大きくなればなるほど、「どこの倉庫に何の商品がいくつあり、無ければ工場で作るのに何日かかり、それを現場に届けるには何日必要か……」という情報確認と計算の毎日になっていきます。当社ではその管理システムをIBM社とともに構築し、締め切り時間までに発注を受ければ、現場への配送手配が翌日には完了する…… という仕事の流れをコンピューターで管理する環境を70年代から実現してきました。1979年には、その情報の一部にお客様が電話回線を介してアクセスできる、「テレホン在庫照会システム」も開始しています。
おなじく創業当時のこの業界は、図面に応じて現場の大工仕事でその都度製作するという形がまだまだ多かったわけですが、当社では早くから寸法の規格化を進め、既製品としてのラインナップを整えることに注力しました。それにより、いわゆる「カタログ販売」が可能になるわけです。木製の装飾材を豊富な品揃えのカタログの中から選んで購入できる……という形は、当時はかなり目新しいものとして受け取られ、カタログ自体がすぐに品切れを起こしてしまうほど、大いに注目されました。また、「返品には違約料が何%かかる」「結束をバラしてしまうとさらに手数料が何%かかる」など、カタログを介した商売上のルールも他社に先駆けて設定させていただきました。
その礎があったおかげで、商社や代理店を通さず、工務店などに直接商品を販売するという形式も、このカタログ販売を通じてすでに70年代には始めていました。こうした建材の直販は、今でこそインターネットのおかげで当たり前になっていますが、当時としてはかなり常識やぶりの手法だったわけです。現在でも当社は、卸売事業と小売事業の両方を持っていて、卸売用の法人向け業販サイト「みはしプロ」と、一般向け小売り用通販サイト「みはしショップ」という、2つのEコマースサイトを使い分けていますが、その始まりは70年代のカタログ販売方式にあるわけです。それもこれも、別に「最先端のビジネスをしよう」と思ってやってきたことではなく、お客様に対して安くサービスを提供し、工期はできる限り短く、仕上がりの精度はより美しく…… 「安く・早く・美しく」という当社のキャッチフレーズを実現するために、努力や工夫を重ねてきた結果に過ぎません。
建材ビジネスの先駆者として
―装飾建材を取り巻く最近の社会情勢の変化や、それに対するビジネス上の対応策などはありますか?
三橋 インターネットで何でも買える世の中になったことで、お店を豪華に設えようという機運が後退して、店舗需要が大きく減りましたね。結婚式場や葬祭場も同様で、華美なデコレーションよりもシンプルなデザインのほうが好まれる傾向になってきました。また、テーマパークやゴルフ場のクラブハウスなどの新規着工もずいぶん少なくなりましたので、以前は圧倒的に非住宅物件への採用が多かったものの、最近はその割合が変わりつつあります。また、先ほどお話した、一般向け小売り用通販サイト「みはしショップ」も好調ですので、そこを介して直接住宅建設に採用していただくことも増えています。華飾建材ビジネスは、常にこうした時代の変化への対応力が求められますね。
最近の傾向としては、特殊なデザインに対応する「特注品」の需要が増えています。既製品のラインナップだけでなく、個別の案件にオーダーメイド対応する特注品の加工技術も長年培ってきましたし、特注対応専任の「特注課」という部署も設置していますので、難しい発注にも応えられる万全の体制を整えています。また、時代の変化への対応ということで言うと、やはり「不燃材」に関する研究開発も欠かせないですね。木材に代わる材料としてケイ酸カルシウム系セラミックやガラス繊維強化石膏(GRG)などを研究し、国土交通大臣による不燃認定品として既に様々な製品を実用化し、カタログにラインナップしています。
さらに、これらの不燃材を使った特注品製作にも、もちろん対応しています。これらの新しい材料は木材よりも軽く、強度もあり、水にも強いなど、不燃であること以外にも様々な利点があるので、特注での造形にも向いているんです。先日もクジラの実物大の骨格標本の模型を作ってフランスの博物館に収めるという大仕事がありました。また、テレビドラマや歌番組、映画のセット造形などにも関わらせていただいています。ハイビジョンや4Kの時代になったので、その背景となるセットにもアラが見えないよう、高い造形精度が求められるんです。また納期の点でも、設計、製作から建込み、撮影本番までの期間が半分に圧縮されたと、とても喜んでいただいていますよ。これら「装飾建材」とは別のタイプの仕事も、木材の次の時代の材料開発と造形技術の高度化に打ち込んでいたおかげで受注できている仕事ですね。
華飾材が果たすべき「責任」がある
―最後に、みはしの今後の方向性、ひいては、華飾文化の未来に向けての夢などをお聞かせください。
三橋 この業界ではこれまで、安くて造形しやすい一方、燃えやすい性質を持った材料に頼ってきてしまった側面がありました。私たちはその流れを変えるため、不燃材の研究・開発・活用で建物の安全性を高めながら、同時にコストを1/2に下げるという目標を掲げています。先ほど申し上げた当社のキャッチフレーズ「安く・早く・美しく」を大切に、お客様が必要とするものを、お客様が喜ばれる形で提供し続けていくというのが、みはしとしての今後の方針です。華飾材の製作・施工というのは、人が生活する空間の第一印象や見た目の美しさ、安全性などを左右する、本当に責任のある仕事だと自負しています。その責任をしっかり果たしていきたいですね。
―床、壁、天井、構造材などに比べると、どうしても「小さな建材」と思われがちな装飾建材。しかし、お客様が建物の出来栄えを判断する「仕上げ」の段階をつかさどる、本当に大切な役割を果たしていることにあらためて気づかされます。しかも、様々なアイディアと思い切った行動力で、常に建材ビジネスの形を刷新するイノベーターでもあった「みはし株式会社」…… 彼らが打ち出す「華飾文化」の次の一手に注目です。
※文中敬称略
※2024年8月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。