国内最大手の木製家具メーカー:カリモク家具株式会社。1940年創業の長い歴史と、高度な木工技術に裏打ちされた堅実な実績を持つ一方、近年は、「Karimoku New Standard」や「Karimoku Case(旧称:Karimoku Case Study)」など、国内外の新鋭デザイナー、建築家との協業を軸とした新たなデザインラインの探求もポジティブに行っています。そうしたなかで誕生した新たな木製家具ブランド「MAS(マス)」は、針葉樹を中心に国産の未利用材を積極的に活用することで、日本の森林環境の改善や木工文化の継承に寄与することを目指す新たな試みとして注目を集めています。
今回はMASブランドを統括するカリモク家具の主任:伊藤允彦氏と、MASのデザイン・ディレクターを務めるデザイナー:熊野亘氏にお話を伺いました。
日本の森林環境への問題意識から
―まずはカリモク家具株式会社が、「MAS」というブランドを創設するに至った経緯をお伺いします。
伊藤 弊社は愛知県の刈谷町(現・刈谷市)が創業の地なので、当初は「刈谷木材工業株式会社」という社名でした。創業の地と木材からそれぞれ言葉を取り出し、現在の「カリモク家具」の社名に引き継いでいます。創業の頃は戦時中でしたので、下請けとして軍に納める木箱や銃床(ライフル銃の木製部品)など、戦後は河合楽器の鍵盤や、豊田自動織機のミシン台の木製部分など、加工の精密さが要求される部品の製造を任されていました。1962年頃から下請け業を脱し、自社のオリジナル商品として木製家具の製造を開始しています。
創業当時から「木」と付き合い、その加工技術を磨いてきた私たちですが、長い間気になっていたことがありました。それは日本の林業や森林環境の変化です。林業従事者の減少や安い輸入材の流入で、管理が行き届かずに森が荒れてしまったり、多くの未利用材が出てしまっている……。そうした現状に対して、木製家具メーカーとして何かできることは無いのか、という思いでした。
前段として、私たちが持つ製造技術と外部デザイナーの先進的なアイデアによって、森林保全や林業地域の活性化を目指すブランド「Karimoku New Standard」が2009年からスタートしていましたし、さらにそれを発展させ、建築家とのコラボレーションに挑戦するブランド「Karimoku Case」も2019年に発足しています。これらのプロジェクトでも国産材の利用を前提とした家具製作をしてはいましたが、その時点ではナラ、カエデ、クリなどの広葉樹材が中心でした。そもそも軟らかい性質の針葉樹材を家具に使うのは難しく、家具づくりの中心はやはり広葉樹です。しかし日本の林業の課題は主に針葉樹が中心なんです。
―そこで、難しい針葉樹での家具づくりに敢えて挑戦するという、MASの基本姿勢が築かれていった……ということですね。
伊藤 そうです。家具に針葉樹材を使う方法を探求する実験的なレーベルとしてMASのブランドコンセプトが立ち上げられました。なかなか利用が難しい「小径木(材木としては細すぎる木)」の活用などは、「Karimoku New Standard」でも挑戦していたんですが、やはり広葉樹が中心でした。それをMASが針葉樹を担当することで、広葉樹・針葉樹双方から日本の森林問題にアプローチできないだろうか……。という考え方になっていきました。熊野さんには、デザイン面を統括するディレクターとして入っていただき、正式にMASが発足したのが2021年のことです。
「針葉樹の未利用材」という難題に挑む
―「未利用材を使う」というのは、具体的にはどのような形で使うことを意味するのでしょうか。
伊藤 今も話に出ました「小径木」の活用が中心です。建築材としてはもちろん、家具材としてもそのまま使うのが難しい細い材木なので、これまでは安い価格で買い付けられ、チップ化されてバイオマス燃料になったり、紙の原料になったりすることがほとんどでした。それを木材としての適正な価格で私たちが買い上げ、林業従事者を少しでも経済的に支えることも目的の一つです。これらの木を細断してつなぎ合わせ、大きな板状の材に加工していく技術が前提になります。
―先ほども、「針葉樹材を家具に使うのは難しい」というお話がありましたが、どのような点が難しいのでしょうか。
熊野 木質が柔らかいので加工が難しいですし、家具として日常で使用する上では、そのデリケートさが針葉樹の難点です。それをMASの製品として成立させるのに不可欠だったのが、カリモク家具さんの加工技術の高さです。しっかりと木を見極め、適性を見抜き、別々の材をキチンと貼り合わせ、木目を美しく見せることができる技術を持っているからこそできること。MASのプロダクトデザインはそうした技術と経験に支えられています。
―素材のデリケートさの問題とは別に、椅子やテーブルなどは、荷重を支えるための「強度」も問題になってくるのではないですか?
熊野 その通りです。これまで家具デザインの世界では、「針葉樹の家具を作る」と言ったからには、すべての部品を無垢の針葉樹材で作らないといけない……というように、ちょっと意固地になっていた部分がありました。フィンランドにもマツ科の材を使った家具はありますが、強度を得るために、ものすごくボリューム感のある、ゴツゴツした大きな塊のような家具となってしまっています。MASでは、「針葉樹をしっかり使う」という本来の目的のため、こうしたこだわりを潔く捨てました。
たとえば、「WK Chair 01」という椅子では、後ろの二脚は無垢のヒノキ材ですが、前の二脚は芯材に広葉樹のブナ材を使っています。ブナの芯材をヒノキの面材で包むように圧着加工してあるわけです。見た目や手触りは無垢のままですが、硬い広葉樹の芯材を入れることで強い構造を作っています。この圧着を、安っぽいハリボテ感が出ないよう、美しく仕上げられるのがカリモク家具さんならではの技術です。
伊藤 カリモク家具としてMASに力を注いでいるのは、まさにそうした技術面です。MASの家具には、ご覧の通りほとんど節がありません。もともと針葉樹には節が多いんですが、節の存在は見た目の問題だけでなく、強度や安定性にも影響します。材を細く切って節の箇所を除き、木目を揃えながらそれを貼り合わせていく。針葉樹材を使い込みながら、ボリューム感のある印象にせず、現代の暮らし方に馴染むスマートなデザインを実現するのが、MASの家具製作の基本技術ですね。
―針葉樹材を使う際、強度を増すために圧縮したり、熱処理したりする技術などもありますが、MASではそうした方法は取らなかったということでしょうか。
伊藤 そうです。 圧縮処理すると風合いも色合いも変わってしまいますし、性質も変化します。木そのものが持っている良い風合いや肌ざわりが、どうしても失われてしまいます。もちろんそうした技術が必要な場合があることは分かっていますが、MASでは針葉樹を使い込みながら、その魅力を活かすことに焦点をおきました。
熊野 針葉樹って、触れた感じが温かいですよね。ヒヤっとしないというか。この触感が針葉樹材の大きな魅力です。フローリングが分かりやすいですけど、広葉樹材に比べると、温かいし軟らかいので、裸足で歩くと本当に気持ちがいい。その風合いをできる限り残したいというのがMASの考え方です。
伊藤 日本人にもっともなじみ深い木工製品って何だろう?と考えた際に、ふと、「枡(ます)」の存在に熊野さんが着目してくださいました。軽い針葉樹材で出来ていて、高度な木組みの技が見た目にも分かりやすく、日常を支える米や酒を扱う器でもある。同時に正確さを要求される「計量器具」でもあるわけです。日本人と木との付き合い方の大切な部分を様々内包しているこの「枡」のような存在でありたいという思いを込めて、「枡=MAS」というブランド名にしました。
また、針葉樹材をしっかり使って森林サイクルに寄与する……という大前提がありますので、いわゆる芸術品や工芸品のような、実験的な一点物で終わらせるのではなく、多くの人々の生活の中にしっかり入り込んで根を張れるような工業製品=マス・プロダクションであることも心掛けたい。その「マス(Mass)」の意味も含んだダブルミーニングになっています。
日本的価値観に北欧の感性をブレンド
―MASのデザイナーとしては、熊野さんのほかに、フィンランド人のヴィッレ・コッコネンさん、ノルウェー人のダニエル・リーバッケンさんが参加されていますが、熊野さんがデザイン・ディレクターとして全体を統括されているということでよろしいでしょうか。
熊野 そうです。木に対する日本的な価値観や技術を背景としたMASですが、逆に海外のデザイナーというフィルターを通したら、どういうものが出来上がってくるんだろう?……。そんな興味と期待を込めて、私がヨーロッパで知り合ったデザイナーたちに声をかけました。今のデザイナーは、自分の思い描いた造形を実現したいという動機で動く人よりも、素材と向き合う中で、その良さを引き出すデザインとは何かを考えていくようなアプローチをする人が増えているように思います。私も彼らも、まさにそういう意識を持ったデザイナーです。
ヴィッレ・コッコネンからは、「木目の美しい針葉樹は、面を見せることで素材の良さが引き立つ」という視点から、「VK Divider Short/Long」という折り畳み式の「間仕切り」のデザインが生まれました。もちろん、日本の障子や屏風などの「仕切る設えの文化」も踏まえつつ、自身のデザイン言語をフュージョンさせた形になっています。
一方のダニエル・リーバッケンの手からは、「DR Chair 01」という小ぶりな椅子が生まれました。日本には狭い国土の中にコンパクトに住まう知恵があるので、家具のスケールも少し小さめの方が生活に合うんじゃないか……、と彼は感じたようです。先ほどから話しているように、針葉樹材の家具は、強度の問題から細く小さく作るのが難しいんですが、彼は、強度を保つために必要な「隅木(すみき)」を、裏側に隠さずにあえて座面と脚をつなぐ意匠として見せることで、デザイン上のアイコンにしました。今のところ、この二つが彼らの手掛けた製品ですが、これからも順次ラインナップを増やしていく予定です。
伊藤 コッコネンの「VK Divider Short/Long」」も、金具の蝶番などは一切使用せず、オリジナルの木製ヒンジで連結されています。この間仕切りも隙間がない状態に折りたたむことができるように、彼は機構を工夫した動きのあるプロダクトが得意です。私たちカリモク家具の技術陣も、彼らのデザインをどう技術的に実現するかの設計上の詰めと、そのためのコミュニケーションを大事にしています。
今年のミラノ・デザインウィークには、「MAS - PROJECT HINOKI -」というテーマでMASブランド単独で初めて出展したんですが、広葉樹の芯材を針葉樹の面材で取り囲むように椅子の脚を作っていると話したら、海外家具メーカーの方々にすごく驚かれました。ウッドショック以降、世界中どこの家具メーカーも新しい材料を模索している中で、針葉樹材をこういう形で使い、かつ、大量生産のラインに乗せられるのはすごいと、多くの方に言っていただきました。それから、日本のヒノキ自体を初めて見たという方も多く、その木材としての品質の高さにも驚かれていましたね。
熊野 海外で針葉樹というと、スプルースなどのマツ科の材やスギ材がほとんどで、ヒノキのように硬くて質が良い材はなかなかないんです。フィンランドは土地が平坦で陽当たりがよく、夏の間に幹がぐっと成長するのでやわらかい部分が多いんですが、日本のヒノキは急傾斜地や谷などの陽当たりが悪い場所で、長い年月をかけてゆっくり育つので年輪が狭い。要するに目が詰まって硬いので、木製家具の材料に堪えうるんです。
「MAS」が提唱するサステナビリティのかたち
―針葉樹の未利用材活用というMASのブランドコンセプト自体が、大いにサステナビリティを意識にしたものですが、MASが内包するサステナブルな資質はそれだけではないようにも思えますが。
熊野 いちデザイナーとして、デザインとサステナビリティの問題を考えたときに、良質で普遍的なデザインのものを環境に配慮した素材で作り、それを末長く使ってもらう……、ということに尽きると思っています。良い森を育てるには間伐も必要なわけで、その作業から生まれた材料を、時代のトレンドなどにあまり左右されない、丈夫で長く使ってもらえる製品にデザインをすることが、おそらく一番サステナビリティにつながるんじゃないかと。サステナブルな素材を使うだけではなく、愛着を持って長く大切に使ってもらうための工夫をそこに施す……。それこそがデザインの仕事ですよね。
伊藤 私たちカリモク家具としても、わざわざ「サステナブルなことをしよう!」と思ってMASを始めたわけではありません。木を取り扱う会社としてすべきことの本質を追求していった結果なんです。また、サステナブルというと環境問題だけにフォーカスされがちですけど、「人の生活」にとっても持続可能性は大切です。私たちのようなメーカーが適正価格で未利用材を買い取り、しっかりとお金に変えていくことも、大切な取り組みだと考えています。
さらには、使いにくい材を家具に仕立てる仕組みを構築できたことにより、ある意味、どんな樹種でもMASの家具にすることが可能になったわけです。使いたいけど使い道に困っている木材は日本中にありますが、それらにも「ご当地MAS」のような形で光を当てていければと考えています。先日も、能登の被災地周辺で採れる「能登ヒバ」を用いた椅子をMAS製品として形にしました。今、力を入れているのが、こうした「小回りが利く生産」です。MASの製造ラインであれば、少量の材でも製品にすることができます。活用したい材をお持ちの地域の林業関係者の方は、ぜひお声がけしていただきたいですね。
―現在は、店舗、ショールーム、ホテルなどに導入するプロユーザーからの引き合いが多いというMASだが、今後はソファや張座(布張り)の椅子など、ホームユースにも馴染みやすいラインナップを徐々に増やしていきたいとのこと。また、針葉樹材家具の用途としてはかなり大胆な、アウトドア・ファニチャーへの展開も模索しているなど、「MAS」のブランドイメージはさらに広がっていきそうです。しかしその根底には、「日本の森林と林業のために」という、木製家具メーカーとしての矜持と、サステナビリティの本質を見つめる眼差しが、常に光っています。
※文中敬称略
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日時:2024年11月22日(金)15:00~16:30
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