2022年9/10(土)に開催した、島崎信先生と萩原健太郎さんのクロストークセミナーの様子を、前編・後編のテキストアーカイブにてお届けします。
クロストークセミナーvol.3 前編はこちら
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※開催は終了しています。
今回のテーマは「北欧のサマーハウスと、暮らしのメンテナンス」。
現代の日本人の暮らしの中で、物に対するメンテナンス(例えば割れた食器の金継ぎや、洋服の仕立て直しなど)は行うのに対し、家はそのままにされがちで、あまり手入れをされていないことも。
一方、北欧では、家をメンテナンスしながら住む習慣が昔から続いています。
北欧のサマーハウスなどを例に、暮らしのメンテナンスについて考えます。
今回のクロストークでは、
・日本のDIYの萌芽
・北欧のサマーハウス
...について触れていきます。
後編は「北欧のサマーハウス」のお話をご覧ください。
― 北欧のサマーハウス
萩原まずは、フィンランドのサマーハウスから。こちらは、ムーミンの著者で知られるトーヴェ・ヤンソンが、親友のトゥーリッキ・ピエティラとともに、夏季を過ごしたクルーヴ島(ハル)の夏の家です。
島崎フィンランドもそうだし、デンマークでも思うのは、豊かさというのは人口密度と大いに関係しているんじゃないか、ということです。サマーハウスというのは、みなさんがイメージされる別荘じゃないんです。トーヴェ・ヤンソンのクルーヴ島にしても、小さな小屋で、電気もガスも水もありません。手漕ぎのボートでそういうものを持って行ったんです。そして、そこで暮らし、自然と接することで、人間性を回復させるというか、違う言葉で言うと、小さな不便を楽しむ。自然のなかで工夫して考え、行動するわけですよね。
萩原あと、トーヴェが雑誌のインタビューで、「孤独は最高の贅沢だ」と語っていました。先生が先ほど、人口密度のお話をされていましたが、東京などに住んでいると、このトーヴェの言葉が身に染みるし、なかなか得難いことなのかな、と感じます。
トーヴェのサマーハウスは海の上の孤島でしたけど、「森と湖の国」と呼ばれるフィンランドの人々は、森のなかにサマーハウスを所有していることが多いです。そうした自然のなかで、薪割りとか、サウナに水を運ぶとか、食事の支度をするとか、そうしたシンプルな生活を送るわけです。そのベースには、「自然享受権」があります。これは北欧諸国で広く認められている権利で、自然はたとえ私有地であっても、特定の誰かのものではなく、すべての人たちのもの、という考えにもとづいています。だから旅行者でも森や湖を自由に散策し、ベリーやきのこなどを採集したり、魚を釣ったり、レクリエーションを楽しんだりすることができます。
あと、今、日本でもブームになっているサウナ。施設の数も増えているし、サウナを題材にしたドラマなども制作されています。もっとも知られるフィンランド語ではないでしょうか。フィンランドの人口は約550万ですが、それに対して、サウナの数は約300万といわれています。さらに、2~30年ほど前までは、お産も、亡くなった人のお清めもサウナで行われていたといわれています。それだけ大切な場所なのでしょう。
サマーハウスについても、先ほどからお話ししているように簡素なつくりで、国内に約50万もあるといわれています。国民の約10人に1人に相当する数です。北欧は夏が短いので、過ぎ去る夏を惜しむように、太陽の光をいっぱい浴びて、ひと月ほどしっかりと休んで、精気を取り戻して日常に戻っていく、というかたちですね。
デンマークには、「コロニヘーヴ」というところがあります。これは、週末菜園が付属する小さな小屋のことですが、住むことは禁じられています。各個人がDIYで小屋をつくり、庭いじりや菜園を楽しむという。こうした文化は、18世紀末頃から広まったといわれています。背景には、首都のコペンハーゲンの開発が進み、地方から人が集まるようになると息が詰まり、手軽に緑に触れられる場所が求められた、ということがあったのでしょう。1970年代後半には、議会でコロニヘーヴの保護と拡張が決定され、コロニヘーヴで過ごす週末の豊かな時間は、国民のためのものとなりました。
島崎
コロニヘーヴの広さは、だいたい1ブロックが2、30坪くらいです。小屋のスペースが2畳くらいです。農機具を入れたり、お湯を沸かしてお茶を飲んだりする感じですね。都市のなかの緑というのは、パリやウィーンにも昔からあるんです。都市の人口密集地の狭いアパートで暮らしていると、自然に接しないと人間性を保てないという感覚があるのかもしれません。「都市林」というのが必ず用意されていたんです。パリの場合にはフォンテーヌブローという大きな森があって、ウィーンでは、ベートーヴェンが交響楽「田園」を作曲した郊外の森があります。
コロニヘーヴについて補足すると、30坪くらいの区画を、家族代々で借りられるようになっています。庭にする人もいるし、野菜を育てている人もいます。ただ、泊まってはいけないんです。そういう場所が街中や郊外にいっぱいあります。当然、そのなかでは、小屋や道具などいろいろなものを直したりしないといけないわけですね。
*都合により、「北欧と日本の木の文化の違い」「暮らしながらの改築や増築」は、割愛させていただきました。
―後編はここまでです。
前編では、
「日本のDIYの萌芽」
についてのクロストークをご覧いただけます。
クロストークセミナーvol.3 前編はこちら
1932年、東京都生まれ。
56年、東京藝術大学卒業後、東横百貨店(現東急百貨店)家具装飾課入社。
58年、JETRO海外デザイン研究員として日本人ではじめてのデンマーク王立芸術アカデミー研究員となり、60年、同建築科修了。
帰国後、国内外でインテリアやプロダクトのデザイン、東急ハンズ、アイデックの企画、立ち上げにかかわるかたわら、武蔵野美術大学工芸工業デザイン科で教鞭を取る。北欧やデザインに関する企画やセミナー、著作などを数多く手がける。
武蔵野美術大学工芸工業デザイン科名誉教授。
北欧建築デザイン協会理事、日本フィンランドデザイン協会理事長、公益財団法人鼓童文化財団特別顧問、有限会社島崎信事務所代表。
ライター・フォトグラファー。
1972年生まれ。大阪府出身。関西学院大学卒業。
株式会社アクタス勤務、デンマーク留学などを経て2007年独立。
東京と大阪を拠点に、デザイン、インテリア、北欧、手仕事などのジャンルの執筆および講演、百貨店などの企画のプロデュースを中心に活動中。北欧、インテリア、民藝を中心に多くの著書がある。
日本文藝家協会会員。日本フィンランドデザイン協会理事。北欧建築デザイン協会(SADI)会員。
萩原健太郎オフィシャルサイト「Flight to Denmark」
※2022年12月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。