2022年11/12(土)に開催した、島崎信先生と萩原健太郎さんのクロストークセミナーの様子を、前編・後編のテキストアーカイブにてお届けします。
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※開催は終了しています。
今回のテーマは「北欧の冬ごもり~家でのヒュッゲな過ごし方」。
北欧の暮らし方を例に、日本の暮らしの中での自分にとってのヒュッゲとは何かを探ります。
今回のクロストークでは、日本の生活でもヒュッゲな過ごし方をするために
・ヒュッゲを生み出す光
・ヒュッゲを生み出すインテリア
・自分なりのヒュッゲを探すには
...といったポイントについて話を展開していきます。
前編は「あらためて知りたい、ヒュッゲとは?」「ヒュッゲを⽣み出す光」のお話をご覧ください。
― プロローグ
島崎今日で4回目、最後のクロストークになりますね。
その前に、前回お話しできなかった「北欧と⽇本の⽊の⽂化の違い」について、少しお話ししたいと思います。
フィンランドでは、実際に使える木というのは、10種類もないんですね。それに比べて、日本は幸せなことに、雑木と呼ばれるものも含めまして、170〜180種類と、選択の幅がとても広い。そのなかの中心が針葉樹のスギですが、スギはいろんなものができる。スギは割裂性といいますが、パンと割れやすいんですね。だから、簡単に板をつくれる。それが、たとえばフィンランドではマツやカバが中心なので、そうはいかず、丸太を使ったログハウスになったわけです。気候風土と、土の質によって、植物は大きな違いができるんですね。
話が長くなりそうなので、もしご希望がありましたら、またセミナーをやってもいい、と思います。
さあ、それではスタートしましょう。
萩原今日は、「ヒュッゲ」という言葉がキーワードになりますが、
「あらためて知りたい、ヒュッゲとは?」
「ヒュッゲを⽣み出す光」
「ヒュッゲを⽣み出すインテリア」
「⾃分なりのヒュッゲを探して」
という4つのテーマを設けて話を進めていきます。
― あらためて知りたい、ヒュッゲとは?
萩原ヒュッゲはデンマーク語なんですが、最近は、日本でも聞かれるようになりましたし、書店でもヒュッゲがタイトルになっている本を見かけるようになりました。「居心地がいい空間」「楽しい時間」というふうに訳せるのかな、と思います。
今では、単なる⼀単語にとどまらず、デンマーク⼈の⼤切な価値観やマインドセットの一つとなっています。2016年度のイギリス流⾏語⼤賞候補に選ばれたり、2016年のオックスフォード英語辞典が選出した「今年の⾔葉」の最終選考に残ったりと、欧⽶でもヒュッゲがブームになっているようです。
僕が知り合いのデンマーク人にヒュッゲについて聞いたところ、ロウソクや間接照明で照らされた⾃宅で⾷卓を囲みながら、家族や友⼈など⼤切な⼈と⼀緒に過ごす時間だったり、コーヒーや紅茶を⽚⼿に暖炉のまわりでゆったり語り合うひととき、さらに寒くて⻑い冬の間の晴れた⽇に公園で⽇向ぼっこをする時間、だと話してくれました。
あと、ビールメーカーのカールスバーグもデンマークですし、アクアビットといも焼酎もよく飲まれますし、アルコールも欠かせないものですね。
僕がGoogleで「HYGGE」と入力して、検索したイメージ画像があります。それらのキーワードをまとめると、「団欒」「会話」「食事」「お酒」「あかり」「キャンドル」「暖炉」「読書」「植物」「ソファ」「クッション」「自然光」などのキーワードを抽出できます。
余談になりますが、クリスマスを前に飲まれ始める飲みものに「グロッグ」があります。これは北欧風ホットワインともいわれ、スパイス、アーモンド、レーズンが⼊ったあたたかいワインです。
島崎一つ抜けているよ。グロッグはお酒を足しているんですよ。ワインのアルコールなんかでは、満足しないの。だから、アクアビットを足したりするんですよ。最近では、グロッグは瓶詰めでも売っているから、季節を問わず、飲む人もいるよね。
萩原
そうですか。なんとなく、クリスマスの時期の屋台で買って飲むイメージがありました。
お酒の話が出たので、コーヒーの話もしてみたいと思います。2015年に『北欧とコーヒー』という本を出させていただいたんですけど、今はオスロの「フグレン」が進出したりして、わりと知られるようになったかな...。
あと、フィンランドが国民一人あたりのコーヒーの消費量が世界一、というのもご存じの方がいらっしゃるのではないでしょうか。"国民的ドリンク"という印象ですね。ただ、味の部分は、おいしくないといえば語弊があるかもしれないですけど、実際、オスロやコペンハーゲンのカフェからは、ワールドバリスタチャンピオンが誕生していますが、フィンランドはガブガブ飲む、というイメージです。
『ムーミン』のイラストにも、コーヒーのシーンがたくさん出てきますし、フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の『愛しのタチアナ』(1994年)は、僕がこれまでに観たなかでは、もっともコーヒーが出てくる映画です。
萩原これは、1963年に創業したオスロのカフェ「フグレン」の写真で、2012年には、海外初出店の地として、東京・富ヶ谷に出店しました。今もとても賑わっているんですけど、こちらのユニークなところは、午前中から夕方にかけてはコーヒーがメインで、それが夜にはバーに変わるんです。そして、家具や照明器具、カップなどはノルウェーのヴィンテージを使っていて、気に入れば購入できます。
島崎
ここがオープンした頃、代官山ヒルサイドフォーラムで、ヴィンテージの家具を一堂に展示した「ノルウェージャン・アイコンズ」のエキシビションを開催しました。そのときのカタログの一部の文章も書いています。フグレンには、3人のオーナーがいるんだけど、一人が家具や日用品などのヴィンテージのコレクター、もう一人がノルディック・カクテル・チャンピオンシップで優勝経験を持つバーテンダー、そしてもう一人がノルウェーのバリスタ・チャンピオンなんですね。コーヒーについては、『ニューヨークタイムズ』が、「世界で最高、飛行機に乗ってまで試しに行く価値あり」と絶賛して、話題になりましたね。
僕は、コーヒーについては、それほどくわしくないけど、特徴があるんですか?
萩原
日本のコーヒーは、ブレンドして深煎りにすることで、香ばしさとか苦味を楽しむことが多いですが、フグレンでは、シングルオリジンといって、単一の豆を浅煎りにすることで、酸味とか果実味を味わう。日本では、食後に飲むイメージが強いですが、フグレンのコーヒーは、食前でも、飲みながらでも食事ができるイメージですね。
これまでの話を総合すると、5つのワード、「⼈」「会話」「飲⾷」「しつらえ」「空間」に集約できるのかな、と思います。次に、「ヒュッゲを⽣み出す光」について、話をしていきたいと思います。
― ヒュッゲを⽣み出す光
萩原
日本のコーヒーは、ブレンドして深煎りにすることで、香ばし
照明の使い方や、有名な照明器具は、北欧のインテリアについて話をするとき、よく話題になります。そのあたりの話をしていきたいと思います。
日本だと、家を建てたり、購入する際に、南向きにこだわる方ってけっこう多いと思うんですね。でも、北欧だと、西向きの部屋が好まれます。北欧は緯度が高いので、太陽がそれほど上がらず、西日が長いんですね。だから、太陽の光を楽しもうと考えれば、西向きというのは理にかなっているんです。
岐阜の高山にあるキタニさんが、フィン・ユール邸を再現しようとしたとき、西向きの方位は守ってほしいといわれたそうです。これが、キタニさんが建てたフィン・ユール邸の平面図なんですけども、こちらの大きな窓があるガーデンルームは西向きで、日光が燦々と降り注ぐようになっています。
島崎
夏にヘルシンキに行ったとき、朝の日の出の光も低い位置から入射するんだけど、ホテルの窓がブラインドで、隙間から光が入ってきて、眠れずに、ほんとうに不便だったことがあったんだよね(笑)。
萩原
西日の話をしましたが、太陽が沈んだあともずっと明るいというか、空の透明度が高く、青く染まる時間が続く日があります。これを「ブルーモーメント」と呼ぶんですが、北欧で生まれた言葉だそうです。この写真は、9月のオスロの街中で撮影したものです。
それで、ちょうどこのくらいの時間になってくると、各家庭の窓辺にキャンドルが灯り始めます。北欧の家はカーテンがついていても、基本的に開けっ放しで、家のなかがよく見えるんですね。青い時間に、暖色の光が灯り始めると、とてもきれいです。フィンランドは、国民一人あたりのキャンドルの消費量も世界一、といわれています。
島崎
テーブルのうえや、玄関にキャンドルを灯すのは、ウェルカムキャンドルといって、来客に対してのホスピタリティーということなんだけど、炎というのは、人間の気持ちを落ち着かせるというか、しみじみとした感じにするんじゃないかな。僕も、デンマークの薪ストーブを使っているけども、炎を見ていると、じっと考えごとをしたりするよね。だから、君とこれからの人生を一緒に過ごしたいよ、なんていう話をするときには、キャンドルがある店ですると、通用するんじゃないか、という気がしますけどね(笑)。
萩原
続いての写真は、コペンハーゲンの住宅街の写真なんですけど、ほとんどカーテンが閉められていないのが、わかると思います。あと、照明についても、日本のように蛍光灯で全体を照らすのではなく、局部照明というか、適材適所に光を当てているのが、おわかりいただけるでしょうか。そのため彼らからすると、来日して、通勤帰りの電車のなかで、煌々とした蛍光灯の下、居眠りをしている人たちを見て驚かれるそうです。こういう光に関しても、文化の違いがあらわれるのかな、と。
島崎
他の見方をすると、こういうところでも寝ていられる安全な都会って、世界でも日本ぐらいじゃないですか(笑)。
萩原
ちょっと調べてみたんですが、光の感じ方の違いは、瞳の色の違いも関係しているようです。アジア系は黒系、ヨーロッパ系は青、緑系なので、心地よいと感じるヒュッゲのゾーンが違い、ヨーロッパ系は、ケルビンの値が低い方が心地いいようです。
写真は、5月のヘルシンキのエスプラナーディ公園で撮影したものですが、全員がサングラスをかけていました。冬が暗く、長いから、太陽の光が恋しいんだろうけど、そこまでして、太陽の光を浴びたいのか、と笑ってしまいました。
デンマーク王立芸術アカデミーでは、光や照明に対する研究が進んでいます。島崎先生、日本の美大でも、こうした研究は進んでいるのでしょうか?
島崎
あまりやっていないですね。建築家でも、その土地が北緯何度にあって、とか、夏至の日にはどれくらい日光が入ってくるか、とか、設計の際に考えている人は、ごくわずかしかいないんじゃないかな。だから、家を建てる際に、日差しが部屋のどのあたりまで入ってくるかとか、そういう質問をしてもいいんじゃないですかね。
萩原
光や照明の研究が進んでいるデンマークだからこそ、ポール・ヘニングセンのような人が出てきたんだと思います。
島崎
ポール・ヘニングセンは、PHランプ、ポール(P)、ヘニングセン(H)で、PHランプなわけですけど、1920年代に基本的なアイデアを考え、豊富なバリエーションをつくって、それらは今日も世界中でベストセラーです。もともとは建築家で、照明よりもむしろ評論の世界で、活躍していましたね。ルイス・ポールセンという照明のブランドの機関誌にも寄稿していました。他には、グランドピアノのデザインなんかもしていましたね。
萩原
先生がおっしゃったPHランプのなかでは、1958年に発表された「PH5」が日本でも一番知られていると思いますけど、その他にも100種類以上デザインしているんですね。
そのすべての原理、原則になっているのが、「対数螺旋」という考え方です。
対数螺旋というのは、アンモナイトやオウム⾙の殻やヒマワリの種の配列など、⾃然界に⾒られる形状で、バチカン美術館やサグラダ・ファミリアの螺旋階段などの⼈⼯物にも応⽤されています。それを応用して、いかにグレア(まぶしさ)のないランプをつくれるか、考えたんです。
細かくいえば、上部の光源から37度の⾓度でシェードに光が当たり、同じく37度の⾓度で光が下⽅へ反射、拡散されて届くように設計されているのと同時に、シェードの隙間から光源が⾒えないようになっており、不快なまぶしさを取り除いているわけです。
島崎
最初のPHランプが発表された1927年から90年以上、ポール・ヘニングセンのこの考え方が変わることなく、100種類以上ものバリエーションを増やし続けているのは、2つの照明の原則を守っているからです。
一つは、光源がその頃は白熱球だったんですけど、今はLEDもありますが、光源からの光を無駄にせず、効果的に¬照らしているということ。もう一つは、寝転がって、ランプを見上げたとしても、一番不快なグレア、まぶしさが直接目に入らないようにしていること、です。
萩原
ヒュッゲを生み出す光の工夫について、いろいろとお話ししましたが、以下のようにまとめられるかな、と思います。
①⼣暮れ時、キャンドルを灯すように、⼀つずつ照明器具をつけていく
②全体が明るくなくてもいい。⾷事のためのあかり、読書のためのあかりなど、適材適所に
③シーリングライトをOFFにして、ペンダントランプ、デスクランプ、フロアランプを灯して、光と影のグラデーション、明暗のリズムを楽しむ
④どういう場所に、どういう光が欲しいのか? 配光を考える
「タスクライト」(読書灯のような、部分的に照らすもの) or 「アンビエントライト」(天井や壁など、周囲を照らし出すもの)?
⑤アンビエントライトは、部屋の中⼼ではなく、⾓や壁に置くのがベター。灯りの反射で、空間を広く演出できる
⑥⼈が集まる空間を明るめに、⼈の視線の先にある空間を暗めに調光すれば、落ち着きのあるくつろぎの雰囲気が⽣まれる
島崎
私が若い頃、ヨーロッパから飛行機を乗り継いで帰ってくるときにつくづく思ったのは、東南アジアなんかの暑いところだと、白色系の蛍光灯が主流だったんだよね、1960年代頃でも。それが緯度が高くなってくると、暖色系のタングステンランプが増えてくるんですよ。結局、目の構造もあるし、暑いところは涼しい色味、寒いところはあたたかい色味というように、気候も関係するんですよ。
僕はね、北欧がこうだから、日本もこうするべきとか、思わない方がいいと思うんですよ。知識としては持ちながらも、日本は日本なりに、みなさんはみなさんなりに、考えたらいいと思います。
北欧のような、局部照明のいいところは、照らすのと同時に影をつくることなんですよね。そうすることで、立体感が生まれるんです。日本の場合は、部屋の中央に蛍光灯を取りつけることが多いけど、明るさに対する願望が強いんじゃないのかな。
あと、一番最初に、日本で家庭用の電気代を徴収したとき、電気の消費量じゃなく、電灯の数で決まったということがあったそうなんです。そういうことも関係しているのでしょう。だから、部屋の真ん中に裸電球を一つだけ灯し、それがやがてサークルラインになっていったんじゃないかな。
―前編はここまでです。
後編は、「ヒュッゲを⽣み出すインテリア」「⾃分なりのヒュッゲを探してについて」のクロストークをお届けします。
1932年、東京都生まれ。
56年、東京藝術大学卒業後、東横百貨店(現東急百貨店)家具装飾課入社。
58年、JETRO海外デザイン研究員として日本人ではじめてのデンマーク王立芸術アカデミー研究員となり、60年、同建築科修了。
帰国後、国内外でインテリアやプロダクトのデザイン、東急ハンズ、アイデックの企画、立ち上げにかかわるかたわら、武蔵野美術大学工芸工業デザイン科で教鞭を取る。北欧やデザインに関する企画やセミナー、著作などを数多く手がける。
武蔵野美術大学工芸工業デザイン科名誉教授。
北欧建築デザイン協会理事、日本フィンランドデザイン協会理事長、公益財団法人鼓童文化財団特別顧問、有限会社島崎信事務所代表。
ライター・フォトグラファー。
1972年生まれ。大阪府出身。関西学院大学卒業。
株式会社アクタス勤務、デンマーク留学などを経て2007年独立。
東京と大阪を拠点に、デザイン、インテリア、北欧、手仕事などのジャンルの執筆および講演、百貨店などの企画のプロデュースを中心に活動中。北欧、インテリア、民藝を中心に多くの著書がある。
日本文藝家協会会員。日本フィンランドデザイン協会理事。北欧建築デザイン協会(SADI)会員。
萩原健太郎オフィシャルサイト「Flight to Denmark」
※2023年4月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。