2023年2/4(土)に開催した、クリス智子さん、大南真理子さん、萩原健太郎さんによるトークイベント「椅子の魅力を愉しむ」の様子を、前編・後編のテキストアーカイブにてお届けします。
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※開催は終了しています。
家具の中でも主役級の存在である椅子。
室内空間の彩りに欠かせない存在として、デザインや機能性をはじめ、椅子の魅力について語り合います。
人に様々な事柄を伝えるというお仕事柄の共通点をもつお三方、
・それぞれのバックボーン
・これまでに暮らしてきた国や場所に纏わるデザインやインテリア
・それぞれの視点やライフスタイルを通じて感じた"椅子の魅力"
といった、様々なお話を展開していきます。
前編は「住んでいた場所に纏わるインテリアや椅子の話」をご覧ください。
― プロローグ
萩原萩原です。よろしくお願いいたします。ラジオパーソナリティのクリスさんの前で、僕が司会をするなんてプレッシャー以外の何者でもないですけど...(笑)。
僕は以前、アクタスという会社に勤めていまして、そのなかで北欧の椅子、特に僕が座っている「アリンコチェア」や、「セブンチェア」などをデザインしたアルネ・ヤコブセンを好きになりました。そのうち、ヤコブセンが生まれ育った国、デンマークに行ってみたいという気持ちになり、1年ほど遊学。建築や家具工場を見てまわったりしました。帰国後は、デザイン、インテリア、北欧、民藝などをテーマに執筆したり、百貨店の催事をプロデュースしたりしています。
今回のイベントに呼んでいただいたのは、著書『ストーリーのある50の名作椅子案内』の影響もあったのかな、と思っています。こちらの本がきっかけとなり、昨年、WOWOWで又吉直樹さんの脚本による『椅子』というドラマが生まれたのですが、その監修もさせていただきました。
次、大南さん、お願いします。
大南
大南真理子と申します。インテリア誌『I'm home.』の編集をしています。徳島県で生まれまして、ちょっと衝撃的な田舎なんですけども...(笑)。
のどかなところで生まれて、鹿児島の大学で建築を勉強しました。その後はイタリアのフィレンツェに建築留学、といえば聞こえはいいんですが、イタリアに住んでみたいという気持ちがあり、3年間暮らしました。設計事務所でアシスタントをする機会があって、田舎の別荘のプロジェクトに関わったりして、帰国しました。
2021年から、建築、インテリアを中心としたライフスタイル誌『I'm home.』の編集長を務めています。
萩原では、クリスさん、お願いします。
クリス
今日はようこそいらっしゃいました。よろしくお願いいたします。ラジオを聴いたことがあるという方はいらっしゃいますか? ふだんは、J-WAVEという東京のラジオ局で、月曜日から木曜日まで3時間生放送を担当しています。
ラジオは基本的に音楽や情報を流すメディアなんですが、私自身は暮らし、インテリアにたいへん興味があります。コロナが始まって3年ほどになりますが、特に、リスナーの方とそういうお話を共有する機会が増えました。幼少期からいろんな土地で暮らしてきた経験が、自分の素地に大きく関わっているのかな、と思います。
左の写真(※上記左側参照)は、イタリアのミラノサローネという大きなインテリアの見本市のとき。当時、nendoの佐藤オオキさんとやっていた番組があって、その取材を兼ねて行きました。椅子はこれまでにたくさん出ていますが、オオキさんがデザインしたのは、漫画の吹き出しや効果線が組み込まれた、その名も「マンガチェア」。かなりの方が並んで見ていました。
大南
イタリアでは、日本の漫画がとても人気あるんですよね。
クリス
右の写真(※上記右側参照)は、渋谷のBunkamuraで開催された「ザ・フィンランドデザイン展」。ミナ ペルホネンの皆川明さんとご一緒する機会がありまして、そのときのものですね。北欧もずっと人気ですよね。
萩原
そうですね。何がきっかけかというと難しいですけど、IKEAが来たことや、映画『かもめ食堂』の影響も大きいし、マリメッコやイッタラ、アルテックなどのブランドの人気、フィンエアーがたくさん飛んでいるというのもありますよね。特に、フィンランドの人気が高いですね。
― 住んでいた場所に纏わるインテリアや椅子の話
萩原
僕は北欧、大南さんはイタリア、クリスさんは国内外を問わずいろんなところに住まわれて、三者三様のストーリーがあります。椅子のこと、インテリアのこと、その土地のこと、いろんなお話をしていきたいと思います。
まずは僕から。こちらは、デンマークの「ルイジアナ現代美術館」の写真です。2008年にはじめての著書『北欧デザインをめぐる旅』を出したんですけど、そのときからずっと、"世界でもっとも美しい美術館"と言い続けていて。最近、そういうふうに紹介されることが増えて嬉しく思っています。首都のコペンハーゲンから北へ電車で1時間ほどの距離にあるんですが、対岸にはスウェーデンを望める海沿いの高台というロケーション、屋外の彫刻、現代アートのコレクション、カフェのインテリアなど、すべてが素晴らしい。カフェには、色とりどりの「セブンチェア」が使われています。
同じく、「ルイジアナ現代美術館」。
子どものためのワークショップルームの写真です。椅子は、「セブンチェア」のキッズバージョン。個人的に思うんですけど、クリスさんからお名前が出たnendoとか、日本のデザイナーは世界的に評価されていますが、国民のデザイン偏差値というか、デザインに対する関心は、北欧はとても高い。なぜだろう、と思うと、こういう子どものためのワークショップルームに名作椅子が使われていたり、日本の美術館だと小さな子どもを連れて行くと迷惑がられる気がするけど、デンマークでは幼稚園児のお散歩のコースになっていたりもする。小さい頃からこういう環境に触れていると、自然とアートやデザインに対する関心が高まるのかな、と思うんです。
日本の場合、アートやデザインは自分から近づかないと手に入れられないけど、北欧では気づけばすぐそばにある。その差が大きいのかな、と。
次の写真は、アルネ・ヤコブセンの「SASロイヤルホテル」。コペンハーゲンは煉瓦造りの建物が多く、中世の街並みのようですが、中央のこのモダンなビルは1958年に建てられたものです。
余談ですけど、写真には写っていませんが、左手に中央駅、右手にチボリ公園があります。それで右の白いビルに、「ANDERSEN」って書いてあるのが見えますよね。アンデルセンはいうまでもなく、デンマークの偉大な童話作家ですが、こちらはパン屋なんです。しかも、日本の。デンマークを手本にして、日本で成功をおさめ、そしてデンマークに里帰りしたんです。しかも、チボリ公園の一角という一等地に。僕は好きなストーリーなんですけど、すごいと思いませんか?
話は戻って、これはSASロイヤルホテルのロビーです。日本では、ヤコブセンといえば、椅子の人、というイメージが強いかもしれませんが、本来は建築家。さらに完璧主義者といってもいい。それがもっとも発揮されたプロジェクトの一つが、このホテルなんです。建築から写真に写っている「スワンチェア」、「エッグチェア」などの家具、ランプ、カトラリー、建具などまで、彼の美意識が貫かれています。
あと、ヤコブセンのオリジナルデザインがそのまま残る「606号室」というのがあって。建築、デザイン、ヤコブセンのファンの聖地のような場所ですが、予約困難で、値段は高く、なかなか泊まれない。それでも諦めきれなくて、「日本からやってきた」「ヤコブセンが大好きだ」とフロントでアピールしてみたんです。そしたら、チェックアウトが過ぎて、清掃も終わり、チェックインまでの時間というベストタイミングで、見せてくれました。日本の高級ホテルだと難しいと思うんですけど、そういう大らかさがいいな、と。
実際、部屋に入ってみると、写真でしか見たことがなかった当時のままのグリーン系のファブリックの家具が目に飛び込んできて感動しました。正直、今の最先端のデザインホテルに比べると、野暮ったさも残るけど、クラシックな気品に溢れていて、ヤコブセンの息吹のようなものを感じました。
次は、デンマークの家具の工房、PPモブラーです。ハンス・J・ウェグナーの「ザ・チェア」などの名作を製作しています。さきほど、デンマーク人のデザインに対する偏差値、感度は高いというお話をしましたが、その理由の一つに、税金が高いというのもあるんですよ。税金が高いから、外食を控えて家で食事する、家で過ごす時間が長いからインテリアを充実させたい、でも、家具も高いから頻繁に買い換えるのではなく、長く使えるものを選びたい、という考えにつながるわけです。だから、シンプルで飽きがこないデザインで、機能的、実用的で、キズがついたり、壊れたりしても修理できる家具が求められる。その目の肥えた国民の期待に応えるために、デザイナーも職人も切磋琢磨する。そうした良い循環が生まれ、名作家具が生み出されているように思うんです。ちなみに、写真の「ザ・チェア」は、1960年のテレビ討論会で、ジョン・F・ケネディが腰かけたという有名なエピソードがあります。
デンマークの名作椅子というと、ハンドメイドのイメージを持つ人が多いかもしれませんが、実は機械ができることは機械で、でも、人の手に触れる最後の仕上げの部分は手仕事で、というふうに、合理的な考えを持っています。写真の職人さんは、もっともベテランの一人だったと思います。
北欧は家具を長く使う文化ですが、それでも家族構成やライフスタイルの変化によって、家具が不要になることもあるわけで、だから、セカンドハンドショップ、ヴィンテージのマーケットが充実しています。左の写真は、コペンハーゲンのセカンドハンドショップが集まるストリートの様子です。
大南
これはリペアされて売られているんですか?
萩原
ケースバイケースみたいです。右の写真は、ヘルシンキのデザイナーの家を取材したときのもので、ヴィンテージのアルヴァ・アアルトの「スツール 60」が積み重ねられています。このスツールはヴィンテージでも人気ですが、知り合いの日本人のヴィンテージショップのオーナーに聞いたら、「加減が難しい」と言っていました。日本人は清潔感を求めるから、ある程度はクリーニングしたり、修繕したり、布を張り替えたりするけど、やりすぎるとヴィンテージの良さが失われてしまう、と。
では、僕のデンマークの話はこのくらいにして、大南さん、イタリア編をお願いします。
大南
こちらの写真は、さきほどクリスさんのお話にも出たイタリア・ミラノで年に1度開催される国際家具見本市「ミラノサローネ」です。イタリアの家具というと、こちらの写真のようにモードな印象を持つ方が多いと思います。サローネ自体はフィエラという会場で行われるのですが、最近は、ミラノの街全体を使った「ミラノデザインウィーク」という一大イベントになっています。これに毎年伺って、取材をしています。今年も行くのですが、コロナが落ち着き、元に戻った状態というか、我々もとても楽しみにしています。
萩原
コロナを経て、インテリア業界にどのような変化があったのか、楽しみですね。
大南
日本だけじゃなく、世界的に家に対する意識が高まり、家具、インテリアに対する需要は増えているので、それを踏まえて、新たにどういう暮らしが求められるのか、が見えてくる頃じゃないでしょうか。
こちらは2019年のイタリアでの取材です。フィレンツェから車で1時間ほどのところにあるトスカーナで、大きなお屋敷をリノベーションして住んでいる方の家を取材しました。イタリアは食事をすごく大事にする国で、"マンマの味"がしばしば話題にのぼるほど、家族とも、友人とも、食事のシーンは大切なんです。そこに置かれる家具は、やっぱり親しみのあるものが多いです。取材のときもお母さんがたくさん料理を用意してくれて、取材の途中においしい料理を食べた思い出がありますね。
クリス
インテリアの中心にキッチンがあることが多いですよね。
大南
そうなんですよ。古いところをうまく残しながら、少しモダンさを加えてリノベーションするというのは、ちょっと日本の感覚とは違うような気がします。キッチンの横がファミリーダイニングみたいなところで、家族でワイワイ食べる感じですね。こういう大きな家だと、ファミリーダイニングのほかに、フォーマルな感じのダイニングが用意されていることも多いです。
こちらは、私が留学していたときのフィレンツェの写真なんですけど、ヨーロッパって蚤の市がすごく多いんですよね。毎週末、どこかの広場でマーケットが開催されていて、今週は家具、次の週はジュエリーというふうに、週替わりで行われます。掘り出し物を求めて、友達とよく通っていました。イタリアって娯楽が少ないんですよね。日本だったらカラオケとかボーリングとかがありますが、そういうのがなくて、基本的には友達とおしゃべりをしたり、食事をしたり、マーケットに行ったり、というのが日常的なささやかなイベントで、すごく好きだったな。北欧もそうですか?
萩原
そうですね。週末ごとにやっていますね。冬は寒いのでやらないことが多いですけど、春から秋にかけては賑わっていますね。
クリス
アメリカでもありますね。本気のお仕事の方からプライベートの方までいろいろです。
大南
これは家具工房の写真です。最初に、ミラノサローネのモダンな家具をお見せしましたが、ユーズドのものをリペアして使う文化は、イタリアにも残っています。道路に家具が捨てられていることもあるんですが、それを見ていいな、と思ったら、持ち帰って自分でリペアしてまた使うことも。私はモードな感じを学びたいと思って、イタリアに行ったのですが、反面、こういうリアルを学べたのはいい経験でした。
萩原
日本にいると、イタリアのブランドといえば、家具ならカッシーナ、照明ならフロスなど、モダンなイメージがありますが、実際のところはどうですか?
大南
一般の家庭では、譲り受けたものや、セカンドハンドで購入したもの、あと、イケアとかもありますし、モダンなブランドは一部のような気がします。ただ、家具を継承するには職人が必要ですが、その数は減少していて、日本と同じような問題を抱えていますね。
―前編はここまでです。
後編は、「住んでいた場所に纏わるインテリアや椅子の話」の続きと「伝え手としての共通点」のお話をお届けします。
- クリス 智子(Tomoko Chris)
大学卒業時に、東京のFMラジオ局 J-WAVE でナビゲーターデビュー。
以来、10年半務めた平日朝のワイド番組「BOOMTOWN 」をはじめ、同局の番組を担当。現在は、J-WAVE「GOOD NEIGHBORS」(月〜木13:00~16:00)のパーソナリティのほか、MC、ナレーション、トークイベント出演、また、エッセイ執筆、朗読、音楽、作詞なども行う。
得意とするのは、暮らし、デザイン、アートの分野。自身、幼少期より触れてきたアンティークから、最先端のデザインまで興味をもち、生活そのもの、居心地のいい空間にこだわりを持つ。ラジオにおいても、居心地、耳心地の良い時間はもちろん、その中で、常に新しいことへの探究心を共有できる場づくりを心がける。
ハワイ、京都、フィラデルフィア、宮崎、横浜、東京と移り住みながら、現在は、海と山のある鎌倉にて生活。
クリス智子オフィシャルウェブサイト
- 大南 真理子(Mariko Ominami)
1985年・徳島県生まれ。
2008年・鹿児島大学工学部建築学科卒業。
'08〜'11年・イタリア留学を経て、
'12年〜・商店建築社 隔月刊『I'm home.』編集部所属。
'21年より編集長を務める。
『I'm home.』は、住まいの建築設計・インテリアデザインを中心に、暮らしにかかわるテーマを幅広く取り上げ、「住まいにおける心地良さ」を提案するライフスタイルマガジン。
日本国内、ヨーロッパを中心に独自の取材を行い、ハイエンドな住まいづくりを目指す一般読者から建築家やインテリアデザイナーまで、自分のライフスタイルにこだわりをもつ"上質"や"本物"志向の読者に向けて、情報を発信している。
インテリア誌「I'm home.」ウェブサイト
- 萩原 健太郎(Kentaro Hagihara)
ライター・フォトグラファー。
1972年生まれ。大阪府出身。関西学院大学卒業。
株式会社アクタス勤務、デンマーク留学などを経て2007年独立。
東京と大阪を拠点に、デザイン、インテリア、北欧、手仕事などのジャンルの執筆および講演、百貨店などの企画のプロデュースを中心に活動中。北欧、インテリア、民藝を中心に多くの著書がある。
日本文藝家協会会員。日本フィンランドデザイン協会理事。北欧建築デザイン協会(SADI)会員。
萩原健太郎オフィシャルサイト「Flight to Denmark」