引田舞さん(CIRCUSディレクター)の「境界線の無い」暮らし

この連載では、「つながる」という言葉を手がかりに、住まいや日々の営みを大切にしている人たちにお話をうかがっていきます。登場するのは、ものづくりに向き合う方や、食に携わる方など、それぞれの道を歩みながら、自分らしい暮らしを育てている人たち。聞き手は、これまで暮らしに関する雑誌や本を多数手がけてきた編集者・小林孝延さんです。自分の住まいと、誰かとのつながり。自然とのつながり。家族とのつながり。小さな工夫やまなざしから見えてくる、豊かさのヒントをお届けします。


今回スタートするインタビューのテーマを聞いて、すぐに思い浮かんだのは引田舞さんの穏やかな笑顔でした。舞さんは夫の鈴木善雄さんとともに、店舗ディレクションや古家具、古着のバイイング、作家さんの個展のキュレーションを手掛ける「CIRCUS」を主宰。特に有名なのが東京新木場の複合ショップCASICAのディレクションです。鉱物や古い和家具、輸入雑貨まで、ジャンルも国籍も時代も超えたものたちが、古い倉庫をリノベーションした空間に集まり、ひとつの小さな世界を作り出しています。CASICAに足を踏み入れてまず感じるのは、ものや作品が、値段やブランド、市場価値など、普段、私たちがつい気にしてしまう先入観から自由であること。そこには「自分が感じる居心地の良さや好みを大切にしていいんだよ」というメッセージが隠されている気がします。今回はそんな舞さんの「先入観にとらわれない」オープンな暮らし方を、お家にお邪魔してうかがいました。家族4人が過ごす、自由でゆったりとした空間には、どんなヒントが隠れているのでしょう?

「間仕切りなし」の家が育むもの

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はじめて舞さんと出会ったのは数年前、友人の家に家具を搬入するところに偶然居合わせたときでした。お子さん連れで仲睦まじくテーブルを運ぶ姿がとても微笑ましく、CASICAのカッコいい世界観と少しギャップを感じたのをよく覚えています。それからときどき仕事や展示会などでお目にかかるようになるのですが、いつも会うたびに明るくて、相手を緊張させないというか、なんだか開かれた人だなあ、という印象をもっていました。はたしてそれはなぜなんだろう?その秘密を解く鍵は舞さんの暮らしにありました。
玄関ドアを開けるとワンルームのような空間が広がる舞さんの家。元々3LDKだった間取りを思い切って「全部壊してみよう」と、大胆な発想で壁を取り払い、その中央にどんと設えた大きな木のテーブル。ここからは家じゅう全てが見渡せます。
静かに急須にお湯をそそぎながら「間仕切りなしのノープライベートな空間です」と笑う舞さん。ここで家族のコミュニケーションが自然に育まれているのです。「最初は子どもが成長したらどうしようとか、子どもを寝かしつけられるのかな?とか心配もあったんです。でも、善雄が『壁は後からいくらでも建てられるから、今は楽しんでみようよ』と言ってくれて、背中を押されました」。
ぐるっと見渡すと和家具、イギリス製の薪ストーブ、鯨の骨、現代作家の器、子どもたちの落書きに学校の時間割り...と、さまざまなものがパズルのように組み合わさっています。「スッキリした空間より、好きなものに囲まれている方が落ち着く」そうで、そこには、インテリアはこうあるべきというようなルールに縛られない「自分の感覚を大切にして選ぶ」という明確な軸が見えるようです。
善雄さんの好み、舞さんの好み、そして子どもたちの好みがミックスされた、ひとつの作品のような空間。ここで宿題や食事、仕事などの活動が自然に共有されています。

仕事と暮らしの境界線を超えて

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舞さんが20代の頃、アパレルやラジオ局で仕事をしていたとき、都心で深夜まで働く毎日が続いていました。その時、善雄さんもまた、複数の飲食店を経営する忙しい毎日。「お互い、体を壊すような生活をしていて、子どもが生まれたことがきっかけで、少しリズムを変える必要があったんです」と、舞さん。
そんな二人が最初に手掛けたのがCASICAで、それをきっかけに自分たちの仕事と暮らしのあり方を見直すようになったそうです。それまで舞さん自身はインテリアの仕事に携わったことはありませんでしたが、ギャラリーを営むお母様の引田かおりさんの背中をずっと見てきたこともあり、ごく自然に仕事につながったそう。
「善雄と出会ってからの今の仕事っていうのが、初めてこう、なんて言ったらいいんですかね、仕事と思わずに、めちゃくちゃ楽しい。楽しみの先に誰かと縁がつながり、頑張ったら頑張った分だけ自分たちも幸福を感じるんです」
仕事と暮らしの境界を取り払うことで、自分たちらしい暮らしのかたちが見つかったという舞さん。ただ、楽しいあまり、つい仕事に没頭し過ぎてしまうこともありますが、そんなときはお母様の言葉が支えになっています。
「最近、ちゃんとお湯を沸かしてる?お茶をやる人はね、ちゃんとお湯を沸かすの。そういう時間も大事よ」と、穏やかな言葉で暮らしの原点を思い出させてくれるそうです。「母がいかに家を整えてくれて、家族が居心地よく過ごせるようにしてくれていたんだってことを、本当に30を超えてやっと気づけたし、母みたいには全然できていないんですけど、心地いいものをちゃんと追求する生き方は、仕事にも家にもつながっていますね」。その忠告が心に響くと言います。

ラベルを超えた好きを大切に

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時代や価格、国や民族にとらわれず、ものの魅力を再考し再構築しているCASICAのミックススタイル。舞さんはお客様のインテリアの相談にのるとき、こんな思いがあると言います。
「⚪︎⚪︎風にしたい、というようなオーダーを受けることがあるのですが、自分が暮らす空間だったら、まずその⚪︎⚪︎風を取っ払ってほしいんです。これにこれを合わせるのはおかしいですか?という質問にも、誰も何も言わないし、どんな組み合わせもありなんですよと伝えたい」
朱色の桐箪笥にアフリカのオブジェを置いてみたり、古家具にアフガニスタンのラグを合わせたり、どこの国でもない、ラベルのないものを目指したい。そのためにもとらわれた意識をまずは取り払ってほしい。だから買い付けたものにも「これは作家さんの作品です、これは古道具です、みたいなタグ付けをあえてしない」と言います。「そういうラベルで判断してほしくない。それって自分の好きを大切にするのとは逆のことだと思うので」という強い思いがあるからです。
石の専門家が見ればさほど価値のない鉱物も舞さんが見立てれば唯一無二の箸置きになり、屋外用だから室内には向かないと言われた床材も、特性を理解した上で、その味わいをリビングのフローリングとして活かしているのです。情報過多な現代だからこそ信じるべきは「自分の野生の勘はいつも良し」。有名か無名か、高いか安いかは関係なくて、私たちはただ好きか嫌いかで選んでいいはずなのです。

家族が育つ空間で

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リビングとダイニング、寝室、子どもたちのスペース、そして多肉植物でいっぱいのサンルームがゆるやかにつながる舞さんの家。
「会社から帰ったらあとは家のことに集中、みたいなタイプの仕事ではないので、どうしてもご飯を作りながら仕事のメールを返して、食べ終わってもそのままテーブルで夫婦で仕事の話をして、そばで子どもたちは黙々と絵を描き出すとかレゴやり始めるとか。ほっとかれても楽しみながら、彼らなりのやり方を見つけていますね」
つながる空間は家族全員の価値観を自然に共有したり、お互いの自立心を育む土壌にもなっているようです。また、生活の中での気づきは仕事のアイデアにもつながっているといいます。
「作家さんの器もやっぱり実際に使ってみてわかることがたくさんあるので、そこはもう全部がリンクしています」
もうひとつ家族をつなぐ象徴的な存在が、善雄さんの希望で設置された薪ストーブです。冬でもTシャツ一枚で過ごせるほど暖かくて、とびきり美味しいピザも焼けるという薪ストーブは薪割りから着火まで子どもたちも積極的に参加しています。
「触らないでねと言うのではなく、触って成長してほしい」という言葉から、子どもたちの自主性を尊重し、共に暮らしの空間を創り上げていこうという姿勢が伺えます。

過去から未来へつながる暮らし

「間仕切りのない空間」で今この瞬間を大切にし、遠い未来にアンティークとして息づく「よいもの」を自分たちの基準で見つけ出し、誰も気づかなかった名もなき時代の古家具や民芸に新たな光を当てる。過去から現在、そして未来へと続く時間軸の中で、ものの価値や魅力を捉え直し、それを自分たちなりの視点で再構築していく舞さんの暮らし。時を超えたつながりを感じさせるようなその感覚が日々を豊かにしているように見えます。
「最近ではアパレルやフレグランスブランドのディレクションに関わらせてもらっています。いつかは宿泊施設に挑戦したり、積極的に新しいものにも取り組んでいきたい」と、舞さんの夢はさらに広がっていきます。
固定概念にとらわれず、自分の感性を信じること。多様なものを組み合わせ、新たな価値を生み出すこと。舞さんにとって「幸せな暮らし」のカタチは、過去から未来へと繋がる物が紡ぐストーリーそのものです。暮らしも仕事も、あらゆる境界線を取り払った自由で心地よい暮らしぶりは、私たちに「本当に好きなもの」に囲まれて過ごすことの大切さを改めて教えてくれました。

写真:馬場 わかな

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CIRCUSディレクター 引田 舞
アパレルのプレス、ラジオの構成作家などを経て、夫の鈴木善雄さんと共に内装設計やブランディング、古物の買い付け、卸などを展開する「CIRCUS」を主宰。東京・新木場にあるインテリアショップ「CASICA」や子ども服「tapis」、フレグランスブランドのディレクションなどを手掛けている。

Instagram:@mai__hikita

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インタビュー・構成:小林 孝延
編集者・文筆家。ライフスタイル誌、女性誌の編集長を歴任。暮らしまわりの書籍を多数プロデュース。出版社役員を経て現在は株式会社「イン-ヤン」代表。連載「犬と猫と僕(人間)の徒然なる日常」(福井新聞fu)、「真夜中のパリから、夜明け前の東京へ」(集英社よみタイ)ほか。著書に「妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした」(風鳴舎)がある。

Instagram:@takanobu_koba

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