この連載では、「つながる」という言葉を手がかりに、住まいや日々の営みを大切にしている人たちにお話をうかがっていきます。登場するのは、ものづくりに向き合う方や、食に携わる方など、それぞれの道を歩みながら、自分らしい暮らしを育てている人たち。聞き手は、これまで暮らしに関する雑誌や本を多数手がけてきた編集者・小林孝延さんです。自分の住まいと、誰かとのつながり。自然とのつながり。家族とのつながり。小さな工夫やまなざしから見えてくる、豊かさのヒントをお届けします。
おふたりが主宰する設計事務所「ima(イマ)」は、住宅、店舗、イベント空間、プロダクトなど、ほんとうに幅広くデザインを手がけています。店舗設計ではたとえば、北欧の「marimekko」、イタリア発の「IL BISONTE」、日本の老舗「一保堂」や、子ども服の「familiar」など。地域もジャンルもバラバラだけど、どの空間も、imaらしさがやわらかく滲んでいます。つまり、「このデザイン、imaっぽいよね〜!」という目印はないのに、あとから「あっ、imaの仕事だったのか」と気づいて、なんだか納得してしまう感じ。
その場に、すっとなじむ。心がふわっと浮かび上がる。そんな空間ばかりなんです。今回はそんな素敵なデザインが生まれる場所、おふたりの仕事場であり住まいでもある、通称「INOKASHIRA HOUSE」にお邪魔します。
井の頭の森にある家、INOKASHIRA HOUSE




私が恭さんとマナさんにはじめて会ったのは7、8年ほど前。吉祥寺の「ギャラリーフェヴ」で、保護犬がテーマのチャリティイベントを開催したときのことでした。恭さんとマナさんのほか、料理家の桑原奈津子さん、なかしましほさん、イラストレーターの平澤まりこさん(全員が保護犬と暮らしていました!)と一緒に、保護犬のために自分たちにできることを!!と考えて企画したのです。おふたりは老犬の預かりボランティア活動についてとても熱く愛情たっぷりに話してくれて、「やっぱり保護犬好きに悪い人はいない(笑)」と確信したことを覚えています。その後しばらくして、雑誌の保護犬特集でおふたりを取材させてもらうためにここを訪れたのですが、井の頭公園に面した窓に広がる景色がすばらしく、それはそれは印象的でした。まるで森の中にいるような。
INOKASHIRA HOUSEのつくりを解説すると、1階はスタッフさんもいるデスクワークのスペースと、打ち合わせ兼ダイニングスペース。2つの真ん中にあるキッチンが空間をセパレートし、同時に、つなぐ役目もしています。料理がつくれるキッチンはこの1つのみ(実は2階の住居には秘密のからくりがあるのですが、それはまたのちほど)。毎日の食事づくりも、スタッフさんがお茶を入れるのも1階のこのキッチンで。
各自のデスクが並ぶワークスペースは、去年、壁を可動式に改築し、ギャラリーやライブ、ワークショップの場としても使えるようにしたそうで、伺ったのはヘルシンキ在住アーティストの展覧会を開催したあとでした。一方、打ち合わせスペースの大きなテーブルは、就業時間の前後はふたりの食卓になり、ときに友人との食事会の場にもなります。どのスペースも暮らしのオンとオフ、プライベートとオフィシャルが何層にもリンクしているのですね。そこには、たくさんの人にこの空間を楽しんでほしいと願う、おふたりのオープンマインドが投影されているように感じます。「たしかに好きなことという意味で仕事はライフスタイルの延長ではありますが、オンとオフはわりとはっきり切り替えているんですよ。メールを返すとか作業をするとか、業務的なことはオンの時間にしかやりません。夜、照明を絞ると同じ空間でも仕事からプライベートに切り替わりますね(恭さん)」。
借景の森と北欧の記憶をリミックス


今回、撮影の日時を決めるとき、「窓から見える新緑がいちばん綺麗な時間にしましょう」と朝10時に約束をしたのですが、当日はあいにくの冷たい雨。でも、ご覧の通り雨に濡れた木々が風に揺れてむしろ生き生きとして、ここはもはや森の中じゃないか!と錯覚しそうなほど。マナさんは「借景だけど」と笑います。「豊かな緑を借景にしたくて公園沿いの土地を探しました。1軒でも挟むとダメなんです、"沿い"でなければ意味がない、と。だからこの場所に巡り合ったとき、景色を活かすためにはどうしたらよいかを最優先に考えました(マナさん)」。幾度も訪れた北欧で目にした暮らしには、おおいに影響を受けているそう。「フィンランドで体験したような、都市型の緑あふれる暮らしを目指したいと思ったんです。彼らは、都心に住みながら森に帰るみたいなスタイルが当たり前で、本当に素敵でした。たとえばヘルシンキはすごいコンパクトな都市ですが、街のすぐそばに森があって、夏は毎日森に出て、みんなで飲み食いしながらおしゃべりして過ごす。そういう光景を見て、身近に自然があるようなところに住めたら、生活が豊かになるんじゃないかと思いました(恭さん)」。とはいえ仕事やスタッフの通勤を考えると、田舎よりも"都市型の緑"がよいのではないか。これが、ふたりがこの土地を選択した理由です。
目からうろこだったのは、その森(公園ですが、もはや森です)に面した窓が「北向き」であること。隣家に接した南側は閉じて、森が広がる北側はばんと開いた思い切りのよいつくりは、思いもよらないメリットがあるそうです。「植物は南に向かって枝や葉を伸ばしますよね。木々がこっちにおもての顔を向けているので、緑が明るく、より美しく見えるんです。それに、北から差し込む光は柔らかいのでカーテンも不要です。(恭さん)」。あ、よく見たら窓にはカーテンレールすらありません。一緒に暮らす、預かりっ子の保護犬いちごちゃんも、視界を遮るものがないので、気ままに外を眺めることができます。実年齢はわかりませんが、いちごちゃんは推定11~15歳くらい。前脚が不自由で駆け廻ったり長く歩いたりすることはできません。おうちにいながら自然を感じられるのは、きっと楽しいでしょうね。
また、陽気のいい季節には、テラスに出て朝食を取ったり、お茶を飲んだり。木々の名前や鳥にもすっかり詳しくなったそう。オオタカに、鳴き声が愛らしいジョウビタキ。ツミという小さな猛禽類がビューッと現れたこともあるとか。毎日公園にも行くんだそうです。いちごちゃんのお散歩に、健康のためのウォーキングに。「公園を歩くと、一年中どこかでお花が咲いていて、新緑や紅葉、雨に濡れた葉も美しい。やっぱり美しいものを見ると、たとえ嫌なことがあっても元気になれるんですよね。気持ちが上がるものが身近にあるっていうのは、非常に豊かなことですよ(マナさん)」。イメージした北欧の日常のような、住まいと自然が一体化した暮らしが実現できたのですね。ちなみに、外壁の色を黒っぽくしたのは、森の風景になじませるためだそう。
街とつながるためのデザイン

「ヘルシンキの街はグレーっぽい石材を積んだ建物が多いので、実はちょっと暗いんです。でも、街を歩いてみると、みんな窓を開けてあって、marimekkoのカラフルなファブリックなんかが外から見えるようにレイアウトしてある。夜は夜でスタンドライトやキャンドルの明かりだけで、日本のような蛍光灯どころか天井の照明もない様子がよく見える。その煌々と明るくしない感じが素敵だなと思っていました(恭さん)」。「そして窓辺には花を飾り、つまり、窓を景観のひとつと捉えてとても大事にしているのですね。気持ちが上がるカラフルなものや、きれいなものを自分だけの楽しみにするのではなく、街にひらいていく、街につながっていく表現があることに驚きました(マナさん)」。INOKASHIRA HOUSEの外壁が森の風景を邪魔しない色であること、人の視線をシャットアウトするためのカーテンがないことも、このときの体験が根底にあるんですね。
光と音楽と好きなものに満ちた住居






まだ2階を紹介していませんでした。2階はふたりのリビングとそれぞれの部屋、バスルームとランドリールームといった生活空間になっています。ハイサイドライトからたっぷりと光がそそぎ、1階同様カーテンのない窓からも十分な光が廻り込むリビングは、天井に照明を取り付けていません。なんといっても目を引くのは壁一面を占めるガラスの飾り棚です。アート作品や民芸品と一緒に並ぶ恭さんのレコードプレイヤーは、棚の前に置いた存在感たっぷりのスピーカー(オレンジ色とピンクの丸いアレです)につながり、まろやかな音でリビングを満たします。「ときどきディスプレイを替えます。素材感だけで見せようとか、幾何学模様で見せようとか、ふたりでテーマを決めてレイアウトも考えて(恭さん)」。「ふたりがオッケーしたものしか置かないルールなので、飾りたいものをお互いにプレゼンしあうんです(笑)。これ、どう?って(マナさん)」。ディスプレイだけでなく、家具やファブリックも、すべておふたりの完全合議制。「前に住んでいた家は、リビングの壁一面が特注でつくってもらったレコード棚でした(マナさん)」。あふれんばかりのレコードの主は恭さん。恭さんはDJでもあるのです。「私も音楽は大好きだけど、喧嘩をしたときなんかは、どうしてこの人のものがリビングを占領しているの!と妙に腹が立って(笑)。もっとも次に流れた音楽がすごい好きだったりすると、とたんに収まるんですけどね(マナさん)」。この日の撮影のあいだ、恭さんが掛けてくれていたのは、山奥で録音した自然の音とピアノを合わせた曲や、アフリカの楽器をヨーロッパ人アーティストが奏でた曲などで、新緑の香りを含んだ雨の日にぴったりでした。
そんなリビングのアクセントで実用性もお高めのものが、猫を愛でるための台「medel」。これもおふたりのプロダクトです。愛猫のまろんちゃんは窓の外を眺めるときはもちろん、撫でてもらいたいときは先回りしてこの台にピッとのぼり「さあ愛でて」とスタンバイするそう。それから、おふたりが楽しんでいる、まろんちゃんの手仕事、というか前脚仕事?は、クッションの糸をほぐすこと! マナさんが腰かけているクッションの生地、実はリバーシブルなので、バリバリとゴキゲンに爪とぎをすると内側のカラーが見えてくるはずなのですが......とっても丈夫な生地らしく、8年たってもまだ見え隠れしているだけとか。この素敵なリビングはおふたりだけでなく、まろんちゃんも一緒につくりあげているのですね。
リビングが合議制なら、それぞれの部屋はお互いまったくのノータッチ。思う存分「好き」を濃縮させていらっしゃるようです。チェリーブロッサムピンクの樹木がポップな絵の方へ進み(まろんちゃん!)、右側が恭さんの部屋。うわさの壁一面のレコード棚、そして音楽機材が乗ったデスク。椅子に腰かければ、この「おこもり感」がたまらなく心地よいでしょうね。森の景色もあいまって、さながらおとなの秘密基地です。左側のマナさんの部屋はというと、これはまたなんと愛らしい! ぬいぐるみに動物モチーフの小物類、おままごとが始まりそうな古いおもちゃのキャビネット。まるで北欧の子ども部屋の雰囲気です。「際限なく好きなようにするとこうなるんだって、自分でも知らなかったの(マナさん)」。




知れば知るほど素敵なINOKASHIRA HOUSEですが、暮らしの場という意味で、このつくりは便利、大正解だった!と、おふたりが思うところはありますか? 「お風呂にシャワーブースをつけたことはよかったですね。marimekkoのデザイナーをされていた石本藤雄さんのお宅で、お風呂とは別にシャワーブースがあるのを見て、なんかいいなと思って取り入れたのですが、ブースがあるとバスルーム自体があまり汚れないことに気がつきました。日常の掃除はビチャビチャになるブースの中だけでよいので楽ですよ(恭さん)」。「ランドリールームも。前の家では、外干しして乾いた洗濯物をリビングのソファーの上に一時置きして畳んでいたので、リビングにいつも洗濯物がある、みたいな。今は洗濯したらそのままランドリールームに干して、乾いたらクローゼットへ直行です。リビングを洋服の通り道にしないことで、断然リビングが散らからなくなりました(マナさん)」。
さて、最後に冒頭の「秘密のからくり」について。リビングにつくり付けたキャビネットの両開き扉をオープンすると......現れたるは、なんと可愛いミニキッチン。お酒のボトルやグラスが並び、小さなシンクと蛇口がついています。「おつまみもなしで、ふたりでお酒を楽しむためだけにデザインしました。ヨーロッパでこういう収納式キッチンを見たことがあり、あこがれていたんです(恭さん)」。
まるで森にいるような、自然を感じる仕事場であり住まいでもあるINOKASHIRA HOUSE。緑を愛で、動物を愛で、たくさんの「好き」に囲まれて、無理なくオンとオフがリンクする暮らし。今夜も恭さんがかけるレコードにあわせてマナさんが踊っているかもしれません。

企画・インタビュー:小林 孝延
編集者・文筆家。ライフスタイル誌、女性誌の編集長を歴任。暮らしまわりの書籍を多数プロデュース。出版社役員を経て現在は株式会社「イン-ヤン」代表。連載「犬と猫と僕(人間)の徒然なる日常」(福井新聞fu)、「真夜中のパリから、夜明け前の東京へ」(集英社よみタイ)ほか。著書に「妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした」(風鳴舎)がある。
Instagram:@takanobu_koba
構成:みやざき しょうこ
写真:馬場 わかな