ニューノーマルと呼ばれる昨今、人々のライフスタイルへの意識や、働き方などが大きく変容している。建築とその周辺領域に対して求められる職能もまた、変化が求められている。
さまざまな分野で活躍するクリエイターたちはどのように働き、経営者として事務所を切り盛りしているのか。
彼らの「仕事術」を読者それぞれの仕事にも置き換えて、考えるきっかけになればと考えている。
一級建築士事務所の再生建築研究所を率いる、建築家の神本豊秋氏にインタビューを行った。
リファイニング建築で知られる建築家の青木茂氏の事務所に8年間勤務したあと、2012年に独立。現在は、20数名のスタッフを抱え、東京・表参道の住宅街にて、築60年を超える木造家屋を複合施設(長屋)に用途変更して再生させた《ミナガワビレッジ》に事務所を構える。全国に新築・改修を抱え、既存ストックの有効活用からまちづくりへと波及させるプロジェクトも進行中だ。

今年2月には、東京・南青山のプリズミックギャラリーにて、事務所として初の個展「サイセイ展」を開催。これまでに手がけたプロジェクトの模型や写真とともに「再生建築を文化にする」「建築の不可能を可能に」というスローガンを掲げて展示を行い、現代における「再生建築」の重要性を世間に問いていた。

プリズミックギャラリー「サイセイ展」会場風景(提供:再生建築研究所)
彼らが実践する「再生建築」は、どのようなものか? 事務所を率いる神本氏に、2018年のオープンから5年が経過した《ミナガワビレッジ》で話を聞いた。
今回のインタビューで印象深かったのが、要所で「バグ」や「エラー」というワードが繰り返し使われたこと。システムの不具合を意味するものだが、再生建築研究所によるストック再生の成功例に付随するものであり、神本氏ならではの表現として異彩を放った。

再生建築研究所を率いる神本豊秋氏(ミナガワビレッジ中庭にて撮影)
代表作《ミナガワビレッジ》について
ー表参道に近い原宿の閑静な住宅街にある《ミナガワビレッジ》は、神本さんたちが実践している「再生建築」の初期のプロジェクトであり、代表作です。手がけることになった経緯など概要を教えてください。
神本この建物は、皆川さんという個人のオーナーが1957年に戸建住宅を建てた後、1964年と67年に増築があり、さらにその後もDIY的な手法で築山や書庫などの増改築を重ねて、1つの敷地に大小4つの木造建造物が建っている、法律上は違法建築でした。また、耐震基準では、いわゆる新耐震基準と言われる1981年施行の建築基準法に則っていない、既存不適格建築物(※1)な状態です。そして、竣工時の図面や検査済証は残っていない。全国的にみてもよくあるケースでした。
これを改修する場合、違法部分を適法化し、新しく既存図面を引き直して既存不適格証明をとり、現法に適った検査済証も取得して是正しないといけません。かなりの手間がかかり、専門知識も必要になるため、古い建物がやむなく取り壊しになる要因となっています。
(※1)既存不適格建築物
建設当時は適法だったものが、その後の建築基準法改正などにより、法律に適合しなくなった建物を指す。施行以降も引き続き既得権が認められている「適法建築」である。しかし、課題として適法がゆえに耐震や避難が現行法規に満たしていないものが残ってしまうという社会的課題がある。

改修前の《ミナガワビレッジ》
再生プロジェクトでは既存4棟の違反状態を是正し、60年ぶりに検査済証を取得した

今日の表参道では貴重となった緑が生い茂っていた、改修前の状態(提供:再生建築研究所)
神本この《ミナガワビレッジ》も、資本主義のセオリーに則れば、取り壊して、この辺りでよくみかける地下1階+地上4階建ての、没個性的なビルになっていたでしょう。加えて、かかった費用の回収に何十年も要してしまう。建物と土地を引き継いだご親族はそれを望まず、歴史を重ねてきた建物をできれば残したいと希望された。そこで、コンサルティングで入っていた東急株式会社(以下、東急)と事業コンペに参加し、他社が新築のみの提案だったところ、僕たちは再生提案を行いました。2017年後半のことです。
ここで僕たちは、耐震補強はもちろん環境解析もやり、断熱を施して建物を残すとともに、このエリアでは貴重となった緑の木々や、皆川さんが時間をかけてつくった築山を含めて、庭も最大限で残すことを提案しました。 旧主屋の曳家が必要で、通常のリノベーションに比べて桁が1つ多い金額になるのですが、複数のテナントや賃貸住戸を入れて、初期投資を10年で回収できる運営計画をセットで提案し、これが採用の決め手となったと思います。オーナーと東急のほかに、融資元である銀行が、投資に値する事業であると判断してくれたのです。

事業コンペに提出した資料の一部

改修工事中、スケルトン状態のA棟(旧主屋)

改修工事中、スケルトン状態のA棟(旧主屋)

改修後の《ミナガワビレッジ》 提供:再生建築研究所

建築模型による北西側全景。左側(下屋を増築したA棟1階)が再生建築研究所の事務所、右側(増築されたC棟)1階にカフェ《Higuma Doughnuts × Coffee Wrights 表参道》が入居している

《ミナガワビレッジ》建築模型(2023年プリズミックギャラリー「サイセイ展」展示より) 本インタビューは、中庭に接したA棟の1階(屋根の部分が取り外されている棟)にて収録された。

現在の《ミナガワビレッジ》外観 ミナガワビレッジの運営には再生建築研究所が参画している。1階のテナント〈HIGUMA Doughnuts × Coffee Wrights〉は、平日でも行列ができる人気店。
一般社団法人日本建築学会 YouTube「2020年日本建築学会作品選集新人賞 ミナガワビレッジ」(2020年4月17日)