シェアオフィスやリモートワークなど様々な働き方をする現代。KARIMOKU CASEやBlue Bottle Coffee、ザ・コンランショップ代官山など、多岐に渡る建築の設計・インテリアデザインを手掛ける建築家:芦沢 啓治氏に「ワークスタイルとこれからの住まい」をテーマにお話を伺いました。
住宅やインテリアにも様々な変化をもたらしている昨今の「職住融合」時代。
リビングデザインセンターOZONEでは、さまざまなライフワークを実践している人たちの声をご紹介するほか、“これからの暮らしとワークスタイル”に関するセミナ、仕事のオンオフに取り入れたいアイテムなどを展示でご紹介します。
ストックホルムでの体験
ー 今回は「ワークスタイル」をテーマにお話を伺います。
芦沢 12日間ほどヨーロッパに出張して、一昨日帰ってきたばかりでして、コペンハーゲン、バルセロナ、ストックホルム、プラハを周ってきました。一番長く居たストックホルムでは、Afteroomという家具デザインブランドを展開している台湾人の友人の一軒家に泊まっていたんですが、彼らはオフィスを持たず、完全に自宅で仕事をしていましたね。家具のデザインスタジオなので、工作機械や3Dプリンターなども必要なんですが、それは離れの別棟に集約して、家の中では静かに仕事ができるようになっていました。
しかも、家の中のあちこちに働く場所が作ってあるんです。一階の大きなリビングにも仕事ができるテーブルがポンと置いてあったり、階段の途中の踊り場のようなスペースにも、僕が泊まっていたベッドルームにも小さなデスクがありました。そこで僕自身も仕事をしたんですが、その部屋でくつろぎながら、仕事をするでもしないでもなく、なんとなく過ごしている……という曖昧な時間をすごく新鮮に感じたんです。家主たちの生活を見ていても、外食をして夜遅くに帰ってきてから仕事したり、朝に仕事をしていたりと様々です。デザイナーですから、比較的にフリーに時間を使える職業ではあるんですが、それにしても働き方がとても自由でしたし、家の中のあちこちに、そのための工夫が施してあることに感心しました。
ー お仕事柄、同業の建築家やデザイナーの自宅やオフィスを訪れる機会なども多いのではないでしょうか?
芦沢
そうですね。時々お邪魔してよく観察させてもらったりもしていますし、それが旅行や出張の楽しみの一つでもあるんですが、往々にして、建築家よりもデザイナーの家のほうがかわいいなと思うことが多いですね。とにかく置いてあるものがチャーミングで過ごしやすいんです。お茶やお菓子はもちろんですが、例えばその場でご飯を食べ始めたとしても、何の違和感もない快適さというか(笑)。これは「モノに対する愛着」の違いなのではないかと思っています。自分の周りに置いてあるものを常に気にしているというか、目が行き届いているというか。もちろん、できるだけモノを減らしたシンプルな暮らしをしてる方も、逆にモノに囲まれて暮らしているような方も、どちらのタイプもいるんですが、デザイナーのほうが選び方、置き方、並べ方が洗練されていると感じます。
今回見せてもらったストックホルムの家も、そういうかわいさが溢れていました。そのかわいさの中で、暮らしと仕事を上手く両立していました。ご夫婦二人、中学生の娘さん一人と猫だけのような家族ですし、中心部から外れた緑豊かな土地に、ワークスペースも含めた割と大きめの家を構えているからこそできることではありますが。
日本の働く環境と、オフィスの新しい価値
ー ヨーロッパでそうした体験をされてきたばかりの目で、現在の日本における「働き方」を翻って見てみると、なにか気づかれる点はありますか?
芦沢
私も家具業界の一角に居る身として実感していることではありますが、いわゆる「生産性の上がるオフィス」の定義が変わってきていると感じます。単に効率よく机を並べることだけでない……という意識と理解は、かなり浸透してきています。
ここ数年のリモートワークの急速な普及に対しても、一つの価値観に流されるのではなく、「そうは言っても、集まって話すことも大切だよね」という逆方向からの視点もしっかり効いているように思います。オンラインでは越えられない限界とか、人と話すことで得られるちょっとした気づきとか、日常的なコミュニケーションの大切さとか……。「集まって働く」ことの意義もちゃんと認識されつつあるという印象がありますね。
ー 芦沢さんが手掛けられたオフィス空間のデザインで、なにか心掛けたことなどはありますか?
芦沢
そう多くはありませんが、私もオフィスをいくつか手掛けています。オフィスのデザインは、住空間のデザインよりも、更に遅れていると感じます。
いわゆる昭和の時代のままのオフィスがまだ多く存在していて、特にクリエイティブな発想や作業が求められるような職種でさえ、旧態依然としたままのオフィスが多いというのは、ある種の貧しさを感じてしまいます。できるだけ多くの労働者を収容する空間を、できるだけ安く仕上げてしまおうという効率第一の発想。遊び場やスポーツ施設を作ろうとか、そういう極端な話ではないんです(笑)。働きやすさや活動性、伸び伸びとアイディアを練られるような環境を用意してあげようという、「働き手に投資する」という発想が大きく立ち遅れているということです。こういう「オフィスに投資する」という考え方は、逆に言うと、そこに改善の余地はまだまだあるということだと思います。
ー 「オフィスに投資すべき」という考え方自体が、まだ浸透していないのかもしれないですね。
芦沢 そうだと思います。オフィス自体が直接利益を生むわけではないので、そこにお金をかけて大きく変えていこうという余裕がまず無いんだと思います。ただ、オフィス環境を良くすることで効率や生産性が上がったり、働き手の満足度が向上したり、モチベーションが上がって会社そのものが活気づくようなことは、当然あると思いますよ。今はどの業界も人材獲得競争のようなところがありますから、こうした努力で会社の魅力をアピールして、良い人材に多く来てもらう必要もあるでしょうし。ある意味、「オフィスにこそ投資すべき」と言える時代のはずです。
それに、オフィス空間の価値と、住空間の価値というのは、一見別なように見えて、実は当然つながっているんです。海外を眺めてみても、良いオフィス空間を持っているカルチャーや国・地方は、住空間の質もそれに連動して充実しているように思います。自分たちが長い時間を過ごす環境を改善していこうという意思がどれだけ備わっているか、ですよね。これは正しいことだと感じています。僕らは特にそういうことが求められる職業なので、より一層、態度と行動が問われているわけです。
パソコンとネットがあれば、どこでも仕事ができると言われていますけど、先ほども話したように、そういうリモートワーク環境が進めば進むほど、「集まって働く」ことの意味も大きくクローズアップされてくるんだと思います。顔を合わせてアイディアを出し合い、触発し合い、議論し合うことの大切さは、アフターコロナと言われる今だからこそ、浮き彫りになっています。
実は私たちの事務所も今度引っ越しをするんです。ですから、自分たちの働く環境をどうすべきなのか、何を置いて、どう使おうか……が、今まさに私たちの課題になっています。モノを作っていこうというスタッフにインスピレーションを与えるような空間にしていきたいですし、思い立ったらすぐに製作作業ができるようにもしたいですね。それと、健康維持や気分転換のために、立って仕事ができる昇降式のテーブルも用意しています。これも私たちなりの「投資」ですね。かなりの負担にはなるんですが(笑)
芦沢流ワークスペースの見つけ方
ー 最初にストックホルムでのお話も頂きましたが、自宅で働く際のワークスペースのあり方などについて、芦沢さんなりのお考えなどがあれば、お聞かせください。
芦沢 これまでに住宅設計をいくつも手掛けてきた経験上、考えていることは、「書斎」を作ればそれでいいかというと、そういう訳でもないということでしょうかね。リモート会議が増えているので、確かに囲われた空間は必要ではあるんですが、その一方で、書斎や仕事部屋を作ると、そこに「出勤」するようなことになるわけで、別にそういう感覚で仕事をしたいわけじゃない……という考えをお持ちのクライアントも多いです。オフィスでもカチっとした会議室で話すよりも、給湯室や喫煙所で立ち話をしていたほうがよほどよいアイディアが出たりもするように、要はリラックスして働けるかどうかです。実際に、リビングやキッチンの延長上に、ちょっとした働けるスペースがあればいい、という要望もありました。
ただし、実際にリビングにワークスペースを設けたとして、それを生活感と切り分けて綺麗に整頓して維持できるかどうかは、住み手側の努力次第でもあるんですが。ここを上手く整理できないと、逆にリビングもワークスペースも狭く感じてしまい、「何のためにこんなところにホームオフィスを作ったんだっけ?」ということになりかねません。書斎や仕事部屋として囲い込まず、いかに生活空間の中にカジュアルに「仕事」を溶け込ませるかが大事ですよね。様々な家具メーカーが提案している、ホームオフィス向けの家具なんかも、そういう視点を重視しているように思います。
ー そこで大切になってくるのが、先ほどもお話に出た、「目の行き届いたかわいい空間」という感覚でしょうか?
芦沢
まさにそうだと思います。デザイナーの部屋にそういう感覚を感じるのは、
「モノに対する愛着」だと言いましたが、やはり好きなもの、気持ちがいいと感じるものがハッキリしていて、それが伝わってくるからです。好きなものに囲まれているときほど、リラックスできることはありません。自宅での生活も、仕事も、そういう環境を作ることで自分を研ぎ澄まし、鼓舞する…… そういうことが大事なんだと思います。
そう考えると、「帰るべき場所」としての「家」という概念も、昔と今とでは大きく変わってきているのかもしれません。昔の「家」というと、家族の写真が貼ってあったり、お茶の間に集まって皆でテレビを観たり……
それこそがリラックスのための設えだったわけです。翻って現代の「家」では、リラックスの設えはより個人的な「好きなもの」に寄ってきているのかもしれません。
どういう空間に身を置きたいかは、かなり個々人によって違ってくるけれども、その状態を美しさ、丁寧さ、洗練などで配置し、整頓して維持していくことが大事なのは、皆、同じという感覚でしょうか。
ー せっかく自宅で働くことが可能な世の中になってきたのに、自宅の中にまた「小さなオフィス」を作るのではなく、自然とリビングに溶け込んでいたりするような、普段の暮らしとおなじく、リラックスできる空間で働いたほうが、より快適なのかもしれないですね。