料理が大好きな人から全然しない人まで、食のスタイルは人それぞれ。開催中のイベント〈FUN EAT! ―食を楽しむこれからの暮らしー〉にご協力いただいたキッチンデザイナー、和田浩一さんに、使いやすく、自分らしく食を楽しむためのキッチンについてお話を伺いました。

キッチンを使う人が美しく/かっこよく見えるように

ー和田さんは1994年に独立されて以来1,000件以上のオーダーキッチンに携わっていらっしゃいます。依頼主とは最初にどんな話をされますか?

最初は食生活を含めた暮らし方についてとにかく話をしてもらいます。リノベーションなら今どんなことに不満があるか、新築の場合はどういう暮らしをしたいか等、ときには誘導尋問も入れ、どんどんしゃべってもらう。どんな料理を週に何回くらいつくるか、揚げ物をするか、魚用のグリルを使うかなどは設備や配置に関係するので必ず聞きます。

キッチンをつくる上で一番大事にしているのは、使う人の見え方です。2割増しで美しく、かっこよく見えるように考えています。それを意識してメインでキッチンを使っている人の体型、とくに身長を見て、包丁を使ったり、皿を洗ったりする所作がきれいに見える天板の高さや適切な照明計画を考えます。
パーソナルカラーも大事です。最近は「ブルべ」「イエベ」といった言葉が浸透して、パーソナルカラーの重要性の説明がラクになりました。イエベなのにキッチンをブルべで構成してしまうと顔がくすんで見えるので、インテリア全体の色のバランスを考えながら、その方を引き立てる色や素材を選びます。

夫婦とも料理が好きで、メインでキッチンを使う人が誰とはいえない家庭もあります。その場合、サイズは身長の低い方、だいたいは女性に合わせます。身長の低い方が高い方のサイズに合わせるのは危険ですし、「パートナーが美しく見えるキッチンに」といえば喜んでいただけます。

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中央区入船の「STUDIO KAZ」で。キッチンは電化製品もダークなカラーで統一している。自身も料理が得意で、しばしばここで友人をもてなす。

日本人の多くがキッチンに満足していない

ー和田さんに依頼される方々が一般的なキッチンを選ばず、デザインの依頼を決断される主な理由とは?

最近料理ブロガーからの依頼を受け「料理が映えるように天板は白で」「キッチンだけは色温度を高くしてほしい」と言われました。世の中にはそういうニーズもあるわけですが、今の国産メーカーのキッチンではそうした細やかな要望に対応するのは難しいです。
国産メーカーの商品は実はどのメーカーでもほとんど違いがありません。売り文句はどのメーカーも「お掃除ラクラク」と「収納たっぷり」。でも、それらはキッチンとして当たり前のことですよね。サイズも一緒で、高さも幅も奥行きも一緒。配置も素材も、設備のメーカーもだいたい一緒です。

OZONEに来るような一般の方々はそのことに気づき始めています。メーカー側も本当は気にしているようですが、生産効率やコストなどの都合があって従来通りの方向性を離れることができないようです。

輸入メーカーの設備を使いたいという理由でオーダーキッチンを選ぶ方もいます。デザインにすぐれ、機能や耐久性の面でもすぐれた輸入メーカーの設備を使い始めると、毎日の生活スタイルも変わります。そこにももっと目を向けてほしいですね。
たとえば輸入メーカーのスチームオーブンは、10分強ほどかかりますが、冷蔵のご飯をとてもおいしく温めることができます。今までは電子レンジの前で1分半待っていた人も10分になると他のことをするので、待つだけの時間がなくなって効率的といえるかもしれない。

さらに例をあげると、輸入メーカーの60㎝幅の食洗機を採用すると、1日に1回の使用で3食分の食器を洗えるようになります。電気・水道代も1回分になるんです。毎日のことなのでこの差は大きいです。国産と輸入食洗機の費用を比較したところ、僕の試算では、イニシャルコストとランニングコストの合計が6~7年で逆転して、輸入食洗機の方が安くなりますし、その先も本体が長持ちするため、逆転することはありません。ほとんどの工務店は、施主にオーダーキッチンや輸入メーカーの設備の導入について相談されると「コストが高くなるし、やめておけ」と言うようですが、長い目で見るとそうとも言い切れないわけです。

ちなみに、あるアンケートで「今のキッチンに満足している」と答えた割合は、「とても満足」「満足」「やや満足」を合わせても20~25%でした。一方、僕がいろいろなデータを調べたところ、日本のキッチン全体で国産メーカー以外の輸入や造作、オーダーキッチンを使っているのは約1割で、彼らの満足度は高いです。そうすると、国産メーカーのキッチンのユーザーの約9割は満足度がそれほど高くないと窺えます。工務店が施主の満足度を高め、他との差別化を図るなら、手間がかかってもオーダーキッチンの採用は効果があると思いますよ。

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最新作は軽井沢の邸宅のキッチン。梁の色と合わせ、天板やシンクもダークカラーで統一し、水栓と収納の取手のシルバーをアクセントに。
住宅/キッチン設計・写真:STUDIO KAZ

大前提として、キッチンはインテリア

ー住まいのプロとして、キッチンづくりの相談では、どのようなアドバイスをしますか?

キッチンは火や水を使い、衛生面で注意が必要であったり、生きる根源にかかわる料理をつくる特別な場所。…ではあるけれど、インテリアの一部であることが大前提。そのことを誰も言わないのが不思議ですが、キッチンはインテリアです。
皆さんが一日のうちキッチンで過ごす時間はどのくらいですか? 朝夕合計2時間なら22時間はキッチンの外ですよね。キッチンを外から見ている時間のほうが圧倒的に長い。今の日本の一般的な住まいでは、LDKのKに「お掃除ラクラク」「収納たっぷり」のキッチンが入っていて、それをLやDからいつも見ているわけです。そこに気づいている工務店さんは腰壁で隠したりしています。でも、実はキッチンとは収納家具と同じもの。収納ならそのままLやDにつながってもいいはずです。LDKの壁全体に大きな収納があって、ここはK、ここはD、ここはLみたいなことでもいい。空間をつくる側がそういう提案しなくちゃダメでしょう。

あるご夫婦は新築住宅のキッチンに「家事をしながら中庭を意識できるように」「ある程度の収納力」「家事の合間に気持ちよく読書ができる場所が欲しい」という3つの希望を持っていらっしゃいましたが、はじめの図面では中庭がほとんど見えないキッチンになっていました。そこで相談を受け、廊下だった空間をキッチンに取り込んで階段の位置を変え、大きな窓から中庭を見ながらカウンターで作業できる、パントリー付きのキッチンを提案しました。

キッチンセットで一般的な、火と水の間で包丁を使うという配置は絶対ではありません。 僕はプランするときはいったん機能を全部分けて、それをまたプロット化しています。作業中に視線を向ける方向としては、火や包丁を使っている間は、視線は手元に集中するので、水を使うときに何が見えるとその人にとって心地よいかを考えます。窓からの景色かリビングの子どもか、それは人それぞれ。火は調理の内容で位置が決まるのですが、家族みんなで調理を楽しむ休日用と平日用でコンロを分けてもいい。機能を分解することでキッチンの可能性は広がります。

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キッチンとダイニングの間に仕切り壁のような収納を設け、その裏にコンロと換気設備を配置することで、料理のにおいの拡散を防ぐ。
住宅/キッチン設計・写真:STUDIO KAZ

存在感のないキッチンは世界的なトレンド

ーコンロ、食洗機などビルトインできる設備以外に、私たちは炊飯器やコーヒーメーカーなどの家電も使っています。それらについては?

作業する人物をきれいに見せたいので、その後ろに炊飯器やポットといったものが見えるのは望ましくない。リビングやダイニングからできるだけ見えないよう、収納する場所をあらかじめつくります。冷蔵庫もあまり露出させたくないので、可能ならパントリー内に冷蔵庫を配置することを提案します。お客さんは「遠くない?」と心配しますが、だいたいは2〜3歩遠くなるだけ。往復でも4〜6歩です。

キッチンをインテリアに溶け込ませ、存在感をできるだけなくしたいというのは、いつも思っていることですが、世界的にもそういう流れになっています。今年6年ぶりに訪れたミラノサローネのキッチン部門、ユーロクチーナでは冷蔵庫はほとんどビルトインでした。日本だと1台120万円もするスチームオーブンも扉で隠されていました。食洗機にオールドアタイプが増えているのも存在感を消したいということでしょう。天板と一体化していて存在感がまったくないIHコンロや、自然石の中に隠されたシンクとコンロなど、驚くようなデザインにも出会いました。
丸みを帯びたデザイン、ビンテージ感のあるステンレスや、細かな溝をあしらった木の面材といったトレンドも、インテリア全体のトレンドとつながっています。

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イタリア ミラノで毎年春に開催される国際家具見本市「ミラノサローネ」
コロナ禍を経て、国内外から30万7,418人以上が来場した。
(画像提供:リビングデザインセンターOZONE)

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ステンレスの人気は長く続いているが、2024年はあたたかみのある仕上げがトレンドに。丸みを帯びたやさしいデザインが目立ったことも2024年の特徴。
(画像提供:和田浩一)

同じデザインでも素材が違えば印象が全然違う

ー<FUN EAT!>連動企画の特別展示「素材・使い方で考えるキッチン」では、和田さんが設計・デザインを手がけた2つのキッチンが展示されています。

先につくったのは檜の「炉寓」です。ここ10年ほど大学の先輩に林業系のプロジェクトに巻き込まれていて、そこで杉のキッチンをつくったときに、「杉でできるなら浴槽やまな板に使われる檜でもできるはず」と思いつきました。そこで檜風呂をつくっている檜創建さんに打診したところ、2021年に檜創建が中心になって名古屋の古川美術館の分館、為三郎記念館で水回りのインスタレーションをやるということで、檜のキッチンを展示することになりました。展示なので構造は搬入搬出のことも考えて木組みを参考にした構造、デザイン的には鳥居などの和の意匠を意識しています。実際にキッチンとして販売していて、IHコンロ、水栓、食洗機を入れていて、カスタマイズ可能としています。

「Kitchen EO」は、レンジフードのプロジェクトで東大阪の会社の社長さんとお話しているときに、僕が「東大阪だけでキッチンをつくったら面白いですね」と言ったところ、「ぜひやろう!」と。ちょうどNHKの朝ドラ「舞いあがれ!」で東大阪が舞台になっていましたが、ドラマにあったように東大阪は大手メーカーの下請けの町工場が多いのです。その社長さんは工場を横につないで町を活性化させる活動に取り組んでいて、「東大阪の技術を集結させよう!」と素材はステンレスに。デザインは「炉寓」と同じにして、檜とステンレスで対比させました。接着剤を一切使っていないオールステンレスなので、自然派住宅にもおすすめです。

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檜風呂に入ったときのような、独特の香りと肌触りが体感できる「炉寓」。

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「炉寓」と同じデザインで、東大阪の町工場の人々がつくったオールステンレスのキッチン「Kitchen EO」。今後キッチン本体だけでなく、その周辺から始まる様々な商品開発を行うプロジェクトとして活動を続けていく

ー同じデザインでも印象が全然違いますね。従来のキッチンのイメージから大きく離れたデザインなのにとても機能的で、住まいづくりを計画中の方がキッチンについて改めて考えるきっかけになりそうです。

今回ふたつのキッチンの形状は、私が考えた『外L型』と呼んでいる形状で、コンパクトなキッチンなのに、動線を長くすることで、大きなキッチンのような使い方ができ、尚且つ二人で立っても邪魔にならないばかりか、お互いの顔を見ながら料理できるという、コミュニケーションを重視した形状なんです。このように、オーダーキッチンでは、素材や形状、機器類の選定まで自由になるところがいいですよね。まずは、キッチンのデザインは従来のキッチンセットがすべてではないと知ってほしいですね。そして、家族でつくってみたい料理やホームパーティについてアイデアを出し合いワクワクすることが、自分らしい素敵なキッチンのある暮らしにつながっていくと思います。

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STUDIO KAZオフィスにてインタビュー(2024年5月収録)
取材・文/長野伸江
「素材・使い方で考えるキッチン」展示
撮影:松浦ブンセイ


※2024年7月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。

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特別展示「素材・使い方で考えるキッチン」
FUN EAT!-食を楽しむこれからの暮らしー 連動企画

会期:2024年6/13(木)~8/6(火)
展示会場:リビングデザインセンターOZONE 6Fパークサイドスクエア

詳しくはこちら

FUN EAT!-食を楽しむこれからの暮らし-

“生きるために食べること”から『生きることを、より一層楽しむために食べる』時代へと変化した昨今、いま私たちには何が求められているのでしょうか?
リビングデザインセンターOZONEでは『FUN EAT!』をテーマに、さまざまなゲストを迎えるトークセミナーやキッチンの展示、ワークショップなどを通じて、食と暮らしの楽しみ方をご紹介します。

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