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2018年9月24日(月)に、料理研究家の有元葉子氏、そして有元氏の長女で建築家として母のスタジオや別荘の設計を手がけた八木このみ氏を迎えたトークイベント『有元葉子 私の住まい考 ―家と暮らしのこと―』が開催された。母娘であり、施主と設計者という関係性の中でどのように家づくりを行ったのか。両氏と親交が深いインテリアデザイナーの小野由記子氏がファシリテーターを務め、それぞれの住まいと食の原風景とライフスタイル、家や暮らしのこだわりについて紐解いていった。

取材・文/阿部博子 撮影/大倉英揮


第1部

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冒頭は、有元氏が20年前から暮らしているイタリアの家について、トークが展開された。イタリアを一人旅していた有元氏は、田舎町を車で走らせ、ふと車から降りた時に「ここに住もう」と決意、すぐさま家探しを開始。日本に帰国してから「イタリアで家を買ってきた」と報告して、家族を驚かせたというエピソードを披露した。驚くべき決断力と行動力によってイタリアで築400年の家を手に入れた有元氏は、リノベーションによって1年かけて住まいを整えていったそうだ。小野氏は、有元氏にとっての家のこだわりについて聞くと「窓から見える景色が自分にとって最も大切な条件」だと話し、これまで過ごしてきた家や別荘、仕事場も窓から自然豊かな風景や街の日常風景が見えることが決め手になっていると語った。ステージ上のスクリーンには、中世から残る石造りの有元氏のイタリアの住まいの様子が映し出され、キッチンわきの暖炉でつくる直火焼き料理の話に来場者は熱心に耳を傾けていた。

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有元氏の長女で、現在は夫と共に建築設計事務所を営む八木このみ氏は、これまで有元氏の野尻湖の別荘、東京・田園調布にある料理スタジオの設計を任されてきた。小野氏は「クライアントとしての有元氏はどんな要望をするのか」と問うと「キーワードはいくつか話すけれど、設計について細かいことは一切言いません。基本的にこちらに任せてくれる。生まれた時から生活を共にしてきたので、母が好きなこと、したくないことは理解しているため、母に成り代わって作っている感覚」だと語った。その源流を探るべく、小野氏は幼少期の母との思い出や暮らしについて聞くと、毎日の食事がおいしかったこと、西日の当たるリビングで母が作る手作りおやつを囲んでお茶会をした思い出、高校時代に漆塗の弁当箱に詰められた母の手作りお弁当が友達から好評だったエピソードが語られ、手間暇をかけて料理をつくり、家族や子どもに喜んでもらおうとする有元氏の母親の顔が窺えた。

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次に田園調布の料理スタジオの収納に話題が及ぶと「目にいやなものを置きたくない。汚れものが置いてあるのが耐えられない。家のカウンターは何もない状態にしておく」と有元氏。食器は壁面収納とし、奥行きを揃えて全面をフラットにしているため、扉を閉めれば部屋をすっきり広く見せることができる。さらにプラスチック製品はキッチンに極力置かないようにして、ゴム手袋などの必需品は目の高さよりも少し高い位置に棚を設けて、そこにカゴを置いてその中に収納していると語り、25年来のスタンダードとなっている有元家の棚板とカゴを使った機能的で視覚的にも美しいキッチンの在り方について触れた。有元氏は来場者に向かって「みなさん、試しに家に帰ったらプラスチック製品を隠して木製、自然素材に置き換える工夫をしてみてはいかがでしょうか?それだけで住まいは素敵になりますよ」とメッセージを送り、第一部を終えた。


第2部

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休憩をはさみ、第2部は2003年に竣工し、八木氏の独立1作目となった野尻湖の別荘の設計のエピソードが披露された。長野県の最北端に位置する野尻湖畔に40年間放置していた土地に別荘を建てる計画がスタートしたが、1年がかりで設計したプランは予算がかかりすぎることで頓挫してしまう。「気持ちをリセットするために、家族で3か月のインド旅行に出かけました。文明と離れた暮らしに触れることで志向が解きほぐされ、“等高線に沿った家”というインスピレーションが降ってきたのです」と八木氏は設計当時の思いを振り返った。

有元氏は別荘に友人をよく招くといい、その誰もが驚くのが曲線状の窓からの眺めと、長さ5.3mのカウンターキッチンだと語った。イタリアの暮らしで、火や暖炉の魅力を知った有元氏は「カウンターキッチンの上に暖炉を作りたい」と八木氏へ希望を伝え、その結果、コンクリート天板のカウンターキッチンが誕生。「この暖炉は何かを焼いて食べたくなるんです。火と暖炉があると人は自然と集まってくるもの。そういう楽しい空間ができました」と有元氏が話すと、来場者はスクリーンの暖炉の写真に釘付けになっていた。

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小野氏は「有元さんは普段道楽ですよね」と問うと、八木氏は葉山に新しいアトリエと料理スタジオを作る計画が現在進行形で進んでいるプロジェクトについて明かした。小野氏は「東京、イタリア、長野、そして葉山と多拠点で暮らすのはなぜか」と聞くと、「自分がいる環境を変えるということは、その都度違う脳の部分を使っている感覚がある。定期的に拠点を変えて暮らすことは自分にとって頭のストレッチになっているのかもしれない」と有元氏は笑いながら答えた。これを受けて小野氏は、自身が活動するケアリングデザインに触れ、「50代以降の大人世代の住まいや医療やケア空間について日々研究やヒアリングを行っているが、50歳を過ぎて自己実現ができる素敵な人たちを見ていると、彼らに共通しているのは自炊をして食を大切に暮らしているように思う。有元さんにもそれを感じますが、それについて思いあたることはありますか」と問うと、有元氏はうなずきながら「大いに直結していると思います。外食に頼っていると心も身体も弱っていく。自分で手を動かし、自分の身体が欲しているものを理解している人は強い。料理とは脳の体操とも言える。友人のCWニコル氏の『ジャストトライ』という言葉がとても好きで、自ら試みることが大切だと思う。住まいづくりも生き方も、自分が進みたい方向にもっていくことが大事」だと語った。

その後、有元氏と八木氏は来場者からのアンケート形式の質疑応答に応えた。「正月のおせち料理づくりで決まって作る献立はあるのか」という質問に対して有元氏は「黒豆や田作りなど一般的なおせち料理を作っているが、年末の25日以降は有元家の家族全員が集まっておせち作りをして、分けて持ち帰るのが習慣になっている。そのため年末は仕事が入れられない」といったエピソードが披露された。最後に有元氏にとっての住まいへの思いについて問われると「滞りのない暮らしをしたいという思いがすべて。リノベーションとは、その人らしい暮らしができるチャンスだと考えている」とイベントを締めくくった。その言葉に有元氏の美意識と芯の強さが表れており、料理だけでなく、そのライフスタイルまで多くの人々があこがれている理由が分かったような気がした。

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